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親への「愛」と「憎しみ」は共存するから苦しい【短編】

ご高覧いただきありがとうございます

あなたは親に対して愛情を持っていますよね。
でも、親に対して不満もありませんか?

不満は持って当然だし、怒りだってあっていい。

でも、持つこと自体を拒否する人もいます。



親への怒りは親の愛情を否定するのか?

本来、子どもは親を否定したくなく、されたくもありません。

親を否定したくない気持ちは当たり前です。

私も怒りを覚えました。
でも、親に対して複雑な心境もあります。

親の所為で辛い目にあっている。
それも実は理解してますよね?

「愛」と「憎しみ」は共存できてしまう。だから苦しい。

好きの反対は無関心と言いますが、実際その通りなのでしょう。



親に怒りを持つのは正しい


大事なのは「怒り」に気づくことです。
そして、それを「抑圧」にも気づきましょう。

あなたは親のことを嫌いになれない。
それは当たり前なので、気にしなくて大丈夫です。

でも、「自分は親不孝」と思ってるなら間違いです。

自分に子供がいる。
もしくはいると想像してください。

あなたは「親に怒るなんてどんな理由でもダメ!」と言いますか?

自分の子供の頃を思い出してください。
無条件で親を尊敬しろなんて不可能だったのでは?

こんなこと言う人は毒親。
つまり、なにかメンタル的な問題を抱えているのです。



本来の親の役割は?


子供の怒りに対し、本来なら親に必要なこと。

感情を吐き出させる
 ↓
言葉や行動にどんな怒りを抱いたのかを理解する。
 ↓
受け止める。

それは子の怒りにOKを出し、受け止め、一緒に考え、教える。
逆に言うと、親がそんな当たり前をしてこなかった。

つまり、感情を安全に表現し、受け止めてもらう体験が少ないのです。

だから、あなたは親に対して複雑な感情を抱えている。

厄介なのは、親も子供の頃に同じ体験をしている可能性があるのです。
つまり、負の連鎖が起こっている可能性もあります。



関心があるから怒る。そう知って伝える


全ては感情の処理が苦手なことが原因です。

このような人は「感情を出すことは危険な行為」と考えます。

感情を表に出してはいけない。

何故なら…怒られる。攻撃される。
そうなったら自分は親にすら愛されない。
そして、見捨てられる。

そんなのは嫌だ。

そう思い込んでしまうのです。

でも、「怒りの感情」は、あなたの大切な感情です。

食べ物を大切にしないと怒る人と怒らない人がいます。

その人だから、あなただから、怒りを感じています。

愛している親に、怒りを感じることは問題ではありません。

愛情とは関心だから、怒りだって当たり前に沸くのです。

好きの反対は無関心。
嫌いは関心がある分だけ、実は改善の余地があります。

例えば、親が病気になったら?

好きなら「大変だ! 心配だ!」
嫌いなら「ざまあみろ。苦しめばいいんだ」
無関心なら「ふ~ん……で、明日の事なんだけど――」。

およそ数行程度のニュースで流れる「見ず知らずの死」。
それと同じと考えれば実感も得やすいと思います。

無関心は実に残酷ですね。

愛している相手、恩を感じてもいる相手。
だからこそ、怒りは感じる。

それをまず理解しておきましょう。

親に対して、関心がある。
好きだから怒るのであり、その感情は大切な自分のモノです。

絶対に否定する必要はないのです。


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