見出し画像

男性の精神・知的・発達障害当事者の経済的自立と恋愛の難易度

 自分は一人の発達障害当事者として様々な意見を見るようにしています。その中でも特に「経済的自立」と「恋愛」は、当事者が特に難儀するテーマな印象を受けます。
 今回は、男性の視点を中心にコラムのような形でこれら問題を考えてみます。

 まず、経済的自立についてですが、精神・知的・発達障害者の平均賃金はおおむね12万円といったところでしょうか。(参考HP

 これでは一人暮らしは困難だと考えられますし、経済的自立も難しいでしょう。もし経済的自立を果たして一人暮らしをしたとしても、常に貧困と隣り合わせな状況は、心理的負担が大きくそのストレスを無視することは難しいです。

 自分の知る限りですが、障害を抱えていても、社会的ニーズの高い資格を取得して稼いでいる人や、自分の得意分野を早期に見極め、強固な経済基盤を築き結果を出している人もいます。

 ただ、当事者会を見る限りでは多くの人が、経済的自立を果たすのが困難な人、もしくはギリギリの人が多く貧困と隣り合わせな印象を受けます。

 これは社会の高度化に伴い、個人の能力を究極にまで高めなければいけない競争社会になったことも影響していると思われます。

 当たり前ですが、精神・知的・発達障害当事者には障害があります。例えば、身体的耐性が不十分で疲れやすい。ストレス耐性が脆弱で緊張や混乱をきたしやすい。心理社会的技能が未熟で気持ちの読み取りや状況判断が上手くできない。高次認知機能が弱く、意思決定や抽象的思考、計画の立案と実行、精神的柔軟性に困難さを抱えていることなどがあります。
 これでは、個人の能力を究極に高めることが求められる社会で、社会適応ができず脱落するのもやむを得ないと感じます。

 さらに、「失われた30年」と言われるような、日本社会が長らく停滞の一途を辿っていることも見逃せないでしょう。健常者ですら稼ぐことが大変で、家族を養うことに経済的な困難さを訴える場面が増えていると、昨今の社会情勢からも感じられます。

 障害者が思うように稼げないのは、能力の問題もあるかもしれませんが、それ以上に社会の停滞が続く環境の影響も見逃せないと思います。

 男性の自己効力感は「稼得能力」に影響されるということですが、稼ぐことが困難だと感じている男性は、自己効力感が低下しがちだと自分も含めて感じることがあります。「男性=仕事」というジェンダーバイアスの影響も考えられます。

 続いて恋愛面ですが、自分が学生時代や社会人になった頃に同期の女性陣が言っていたこれら言葉が頭に残っています。

「馬鹿な人や精神面が幼い人は一緒にいてノリ的な意味では面白いかもしれないけど、恋愛対象としては無理。男の人として見れない。」
「汚い人、ダサい人って本当に無理。一緒にいて恥ずかしい人は正直キツイ。」

 ダサい人というのは、身だしなみや清潔感がおそろかになっている人ということでしょうか。精神・知的・発達障害当事者の中には、わざとやっているわけでも怠慢でもなく、素で上記のような状態に陥っている方々を見かけることがあります。

 あくまで自分の場合ですが、これまで当事者会に参加し彼らをみてきて、就労し一定の経済的基盤を構築し、相応の社会性を備えている人はパートナーがいたりしますが、そうでない人、無職だったり貧困層に近く、社会性に問題を抱えている人は残念ながらパートナーがいるのを見たことがありません。
 残念ながら稼げなくて、社会性が乏しい当事者はいわゆる「弱者男性」に陥りがちだと感じます。

 さらに、心理社会的技能が未熟で気持ちの読み取りや状況判断が上手くできないことは、恋愛面でパートナーシップ関係を築く上でもマイナスに作用しがちです。

 だからといって、異性に対して「精神・知的・発達障害当事者を拒まずに受け入れるべき」というメッセージは、逆に相手が持つ選択する権利を無視しており、筋が通らないと感じます。
 生物学的な欲求と現実との折り合いは本当に難しい問題です。

 これらを踏まえると、男性の精神・知的・発達障害当事者の、経済的自立と恋愛の難易度はどうしても高くなりがちです。

 そのため「理想・欲望」と「現実・本能」で葛藤する状況に陥りやすく、いわゆる自己否定感に苛まれる「生きづらい人」になりがちかもしれません。

 腐らずに自分を高める努力をしながらも、一定のラインで諦めと理想像や価値観の変容を迫られることもあるでしょう。

 自分としては、理想と現実のバランスをとりながら、どうすれば自己否定から脱却することができるかを考えることがとても重要だと思っています。 

 ここまでお付き合いいただきありがとうございます。 



もし、サポートしたいと思っても、そのお金はここではない他の何かに使ってください。僕の方はサポートがなくともそれなりに生活できておりますので。