掌編小説|この町の星|シロクマ文芸部
花火と、手持ち無沙汰でしきりに指の関節を鳴らしている康太を交互に眺めていた。打ち上がる音と歓声で、鳴らされる不快音は聞こえなかったけれど、空を見上げることなくただここにいるだけの康太が不憫で、結局終わりまで見ずに花火を背にして歩き出した。
「気にしないでって言われても気になるもんだよ」
訊かれたわけでも無いのに喋りだした私を、ゆっくりと体ごとこちらに向けて見つめる康太の切ない表情に、思わず吹き出した。
「仁香にはほんと、申し訳ないと思ってるんだけどさ……ねえ、頼むから笑わないで」
弱々しくそう言いながら、康太は首を押さえていてててて、と顔を歪めた。
「今日に限って寝違えるなんて可愛い彼氏だ」
私は持っていたうちわで、首をさすっている康太を扇いだ。
「年に一度だからね。ここに来ないと俺にとっての夏が終わらないんだよ」
十七で付き合ってから毎年この会場で一緒に眺めている。地元の花火は、ダサくてしょぼくて、最高に夏だ。
「今年は誰も帰ってこなかったね」
フィナーレを観に会場へ向かう人々の波に逆らって歩いた。人混みの中に見知った顔を見つけられるかもしれないという期待で、すれ違う人の顔から顔へ視線を移す。
康太の首に負担がかからないよう、康太のデニムの後ろポケットにそっと指を引っ掛けて歩いた。それに気づいた康太は、私の手を取り優しく握った。
「無理しないでいいよ」私はそう言って笑った。
高校生の頃から変わらない康太の髪型を、半歩下がった位置から見つめた。
「仁香だって、無理してないで言えばよかったじゃん。花火大会には戻って来てって。言えばあいつら、帰って来てたと思うよ。帰る金がないとか、そういう事情はあるかもしんないけど」
「だって、上京してまだ数ヶ月で寂しいなんていったら、なんか……重いじゃん」
進む度に人の流れは穏やかになって、だんだんと周りに人が減り、康太と私の影がはっきりと地面に映し出された。
私は康太と手をつないだまま振り返り、夜空に打ち上げられる花火を眺めた。
一発、二発。打ち上がる。
一人、二人と親友たちは都会に消えた。
「素直に寂しがるのは仁香っぽくていいと思うけど」
康太は前を向いたまま言った。
「花火大会に二人だけで来たの、初めてだね」
賑やかな笑い声を上げるグループを遠目に眺めて、いつかの自分たちの姿を重ねた。
「俺は二人でもいいよ、全然。もう大人だし」
康太が立ち止まり、少しずつ体をこちらに向けた。
「大人っていうかさあ……なんかロボットみたい」
堪えきれず笑った。康太も笑っていて、いててててと言いながら、下手くそなロボットダンスを踊り始めた。
「意外と踊れるわ」と言いながらカチコチの体をうまく動かしてロボットらしさをアピールする。
ぎこちなく踊る康太の背後で、花火が立て続けに上がっている。私は急いでスマートフォンを取り出すと今年のスターマインと康太にカメラを向けた。
「うわ、めっちゃきれい! てか何やってんのコータ」
グループラインにあげた動画にいつものメンバーからすぐにコメントがついた。
「みんなが帰ってこなかったから、康太、ロボットになっちゃったよ」
「ウケるww」
「てか逆光で康太の顔全然見えないしw」
「地元の花火はやっぱいいねー」
「しょぼいけどねw」
「それな。来年は皆で観ようよ」
「ぜったいね」と打ってスマートフォンから顔を上げた。
今年最後の菊花火が開いた。
色とりどりの星は長く尾を引き、やわらかな余韻を残してそれぞれの方向へ散っていった。
了
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