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短編集(2024)

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#短編小説

結婚ごっこ。

結婚ごっこ。

指輪を買ってみた。

2つ、隣町の雑貨屋で買った。
1個500円。銀色の輪っかを。

ことの発端は彼女。

「結婚ごっこしよう」

時々意味不明なことを言い出す。
でも面白そうなので毎回乗ってしまう。

僕らは電車に乗った。
明るいうちに外に出るのは久しぶりで、ちょっとだけ眩暈がした。

雑貨屋で指輪を2つ買って、店を出て早速左手の薬指にはめてみた。

「ムズムズするねえ」と君は嬉しそうだった。

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深夜、無人のタクシー乗り場、そのベンチ。

深夜、無人のタクシー乗り場、そのベンチ。

深夜、無人のタクシー乗り場、そのベンチ。

1時間に2本しか電車が出ないこのまちで。
坂の途中にある駅舎のタクシー乗り場で。

ペプシの青いベンチにだらりともたれ、空を見る。

なぜここに?と思わざるを得ないアイスクリームの自販機。
多分使っているのは僕だけだと思う。一番右下の、ブドウのアイス。180円。小銭をパジャマに突っ込み毎晩課金。

寿命が目前の街灯がチカチカと振り絞る。
鈍い灯りに時代を

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なんでもない夜。コンビニ。

なんでもない夜。コンビニ。

「あお」

振り返ると彼女がいた。

「うちも行く」
「傘1本しかないよ」
「いいよ別に」

アパートの急な階段を落ちるように降り、通りに出る。
外は雨で、思ったより強く降っていた。僕は傘をさし、彼女はそこに入った。

真夜中、銀色のフープイヤリングが彼女の位置を示す。
肩まで伸びた髪。出会った頃は男みたいに短く刈り上げられていた。

風に合わせて傘の向きを変える。時折風は強く雨は横を向く。
彼女

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海、手紙、足湯

海、手紙、足湯

背景 拝啓

気づけば夏です。
最近は「地球"沸騰化"」なんて言われていますが、本当にそうで、電気代にビクビクしている日々です。

調子はどうですか。

新しい会社には慣れましたか。
こちらは相変わらずです。

最近は早く起きて、30分くらい走っています。

あなたも来たことがあるので今更、ですが、僕が住んでいるのは典型的な港町で、坂ばかりです。アパートを左に出て、坂を登って、国道まで駆け上がりま

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雨の夜、夜の海とダダダ。

雨の夜、夜の海とダダダ。

雨が降ると僕らは電気を消して風呂に入る。

いつもよりぬるめにお湯を張って、水着に着替えて風呂に入る。

風呂に入る前に家の電気を全て消す。
タイル張りの浴室でかわりばんこに体を洗って、夜の海、もとい、湯船に入る。

築50年のボロアパート。
天井はダダダ、と強く雨に打たれる。

僕の脚の間に彼女が座って、僕は手を自分の頭にやる。

「触ってもいいんだぞ」と彼女はニヒヒと笑う。多分、意地悪い顔をし

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澄んだ夜空、しかし星は見えない。

澄んだ夜空、しかし星は見えない。

実家に帰ってきた。
半年ぶりに。

こっちでやらないといけない用事があった。
10日ほど滞在した。

仕事道具を持って帰ってきた。

家には誰もいなかったので勝手に入った。
"勝手に"入ろうと思った自分がなんだかおかしかった。

かつての自分の部屋は殺風景。
換気のために開けられた小窓。

白いカーテンレースが風に揺られている。
隅には落書きだらけの学習机。

パソコンとノートを広げた。
メガネと

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午前二時、キッチン、キミ。

午前二時、キッチン、キミ。

あおはさー、とキミが言った。

午前二時だった。

つまらない意味で優しいんだよ。

そう言いながらキミはゴソゴソと冷蔵庫を物色していた。

キッチンのテーブルで文章を書いていた。仕事が忙しいのでこの時間にひっそり書くのだ。賞に応募するための小説だった。受賞できるとは思っていない。他に上手い人はごまんといるから。

どういうこと?と聞いた。気になったので。

キミは言った。

誰も傷つけない奴は誰

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どこかへ。

どこかへ。

タクシーに乗った。

友人と飲んだのだ。彼とは3ヶ月に1度の頻度で会う。
互いの家の中間地点で会って、地元駅までは電車で帰った。

地元駅から家までは徒歩だと50分はかかる。田舎なのだ。

終バスはとっくに過ぎていたのでタクシーを使った。
彼には悪いが今日のメインはこっちだったりもする。

深夜のタクシーが好きだ。

現実とフィクションを彷徨う感じが好きだ。
酒でぼやけた意識がそれを加速させる。

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夜、ウイスキーとタバコと半纏

夜、ウイスキーとタバコと半纏

古着屋で半纏を買った。

アパート近くのコンビニで安いウイスキーを買った。そしてタバコも買った。銘柄なんてよくわからないけれど、あの人が吸っていたタバコのパッケージの色を頼りに買った。後で知ったのだけど全然違うやつだった。それがなんとも私らしいなと思った。

アパートに帰ってきた。

越してからろくに使っていない埃をこさえた換気扇は一応箒ではたいたがそれでも落ちきれず、換気扇を回すと埃を部屋に撒き

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夜。

夜。

その夜はとても激しく雨が降った。

手元のスマートフォンで時間を見ると深夜ニ時。築六〇年の木造アパート。立て付けの悪い雨戸。ガタガタと揺れ、定まらない。しばらくぼうっと宙を眺めていたが眠気が再び訪れることはなく、諦めて上体をむくりと起こした。

シパシパと目をまばたかせ、ぼんやりとドアの方を見た。目はまだ慣れてなく、ただそこには闇があるだけだった。

その夜、その時、不思議な感覚に陥り、その瞬間だ

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ないものはなく。

ないものはなく。

 *

 なんでこんなにも安っぽいのだろう。
 安っぽい言葉をあれだけ嫌悪していたのにいざ自分が文章を書こうとするとそれになってしまってさらに自分が嫌いになる。ねえ、井上。僕はやっぱり書けない。なんで君はそんなに書けたの。
 僕は彼女の母から受け取った用紙をバサリと置いた。ぎっしりと詰まった文字。文学的価値とか、内容がどうとか、構成がどうとかは正直よくわからない。でも、少なくとも安っぽい、ありきた

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ないものはなく。

ないものはなく。



 雪国へ引っ越した。
 そしてやはり引きこもった。生きるために必要なだけのアルバイトはした。冬は旅館で住み込みで、それ以外はアパートに住み週に三回、深夜労働をした。市街地まで自転車で行き、会社の什器の搬入出や、ショッピングモールのイベントの機材を運ぶバイトをした。大体二十一時に集合して朝五時に終わる。同じ八時間労働でも深夜の方は一.三倍は給料が良く、週三でも十分暮らせた。朝七時前に帰宅し、昼

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前髪が耳にかかる頃に。

前髪が耳にかかる頃に。

前髪が耳にかかる頃に。

天井をダダダと銃撃されたような激しい雨音で目が覚めた。むくりと起き上がると泳ぐ雨粒でぼやけた窓にぼやけた自分がだらしなく映っていた。

雨。和室にベッド。

ミッともギッとも聞こえるどちらにせよ新しくはない足音を残しながら洗面所にいった。和室から板張りの廊下に出ると足の裏がヒヤリとした。年季の入った焦茶の狭い廊下は「フローリング物件」として売り出してはいけないと思った。立

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いつから

いつから

「いつからここ住んでんの」
「3年前」
「へー、穏やかでいいところだね」
「まあね」
「お茶、どうぞ」
「お構いなく」とくすくす笑いながらズズと茶を啜り「あちっ」と舌を出した。
「猫舌なんだ」
「そうだよ、知ってるでしょ」
「言われてみればそうだったかも」
そうだ、高校生の時一緒に焼肉に行った。彼女は熱々の肉を念入りに冷ましてから食べていた。
「井上はいつまでこっちにいるの」
「んー、決めてない」

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