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「コイザドパサード未来へ」 第12話

穏やかな日々が続いている。
あと数週間で今年が終わるなんて嘘みたいだ。
誰かが以前、「1日は長く、1年は飛ぶように過ぎていく」と言ったが、本当にその通りだと思う。

日曜日に珍しく家族全員がうちにいる。
朝から雨が降っているので、誰ひとり外出する気はないらしい。
窓を打ちつける雨が激しくなってきた。
空気が乾燥していて、何日も雨が降らなかったので、これは恵みの雨だなと土砂降りの雨を横目に少しだけこの天気に感謝する。

父さんはリビングのソファで本を読んでいる。
その姿を目にすると、いまだに胸が熱くなる。
ずっと長い間いなかった人が、こうして同じ屋根の下、一緒に暮らすことができるようになった実感が時々、波のように押し寄せる。
泣きたくなりそうな感情を抑えながら、今を、この瞬間をかみしめる。
よし、涙は堪えた。えらいぞ、ミライ!
自分で自分を鼓舞する。

改めて父さんを見つめる。
眉間に皺を寄せているところを見ると、きっと娯楽の本ではなく、仕事に関連したものを読んでいるのだと思う。
社会人になったら、休みの日でさえも仕事から離れられないのかと思いつつ、不在の4年間を埋めるように今は仕事に邁進したいのだと解釈している。父さんの努力が報われますように。

僕も読みたい本を抱えて、ソファの端にちょこんと座る。
そして体の仕組みが分かる人体解剖の本をおもむろに広げる。
小さい時から人間の体のことが書いてある本が好きで、よく読んでいる。
両親には同じような本ばかり読んで飽きないのかと笑われるが、体のことを理解することは有益だと思っている。飽きることなく、何度でも読み返すことができる。
ページをめくりながら、ふと窓の外に目を向ける。
静かに本を読み続ける僕らとは対照的に、打ちつける雨音は徐々に激しくなってきた。

母さんは日々の疲れを取るために、とにかく今日は家でダラダラする!と宣言している。
寝室から出てこないところを見ると、昼寝でもしているのだろう。

それを聞いた父さんは、夕飯はお好み焼きを作ろうと提案した。
久しぶりにみんなでお好み焼きを食べるのは日曜日って感じで楽しそうだ。

夕方になって、父さんは早くもお好み焼きを作る準備を開始している。
時計を見ると、16時を少し回ったところだ。
僕は早すぎだろと意見してみたが、居酒屋も17時オープンだからうちもその時間くらいの開店でいいだろ、とよく分からない理屈を言い出した。
なぜかお好み焼きを早く作りたいみたいだ。
張り切っているので僕もその意に従おうと、テーブルにホットプレートを設置して準備を開始した。

しばらくすると、母さんもリビングに来て、父さんに声をかけている。
冷蔵庫を開けて、具の追加を検討しているようだ。
キッチンに並んで立つふたりは何だか楽しそうだ。

お好み焼きのタネが完成したので、家族揃ってホットプレートを囲む。
それぞれが思い思いのお好み焼きを焼いていく。
僕は少し大きめの楕円を描きながら、お好み焼きのタネをホットプレートに投入していく。お好み焼きが少しずつ、膨らんでいくのを見ていると、母さんが進路のことを聞いてきた。
「来年受験する高校の志望校は決めているの?」
来週までに志望校を提出しないといけないからだ。
「一応、決めてあるけど。私立と公立の高校を1校ずつは受けるけど」
「将来なりたいものとかあるの?」
「人に役立つ仕事がいいので、医療の道に進もうかなと思っている。
将来医学部に進むなら、上位の進学校を目指さないと」
「専門的な職種はいいね。お医者さんは大変そうだけど、目指したらいいと思う」
母さんは賛成してくれた。隣の父さんも頷きながら、
「自分がやりたいこと、好きなことをしなさい。何をしたいのか考えて向き合うことは大切だよ」
と応援してくれた。
ふたりとも僕のことを尊重してくれて、背中を押してくれる。
僕の未来はまだまだぼんやりとしているが、今のところは医学の道に進もうと思っている。高校に入ったら、もしかしたらまたやりたいことが変わるかもしれないけど。
今からどの道に進みたいか考えながら、選択肢が広がるように上位の進学校へ行く、という事だけは決めている。
人生は選択と決断の連続だ。
突然、<後悔しないように今できることをやらなくちゃ>というあかりちゃんの言葉が頭をよぎる。
未来のことを考えると、急に『今』に引き戻される。
今を大事にしなさいって声も聞こえるけど、僕たちは過去を振り返って前を向いて、未来に目を向けていく。
過去と今、未来を行ったり来たり。

あっ、そうだ。今はお好み焼きに集中しなきゃ。
温かいうちに食べなきゃと急いで口に運ぶ。
「あっつ、あっつうぅぅぅぅ」
口に入れたお好み焼きのあまりの熱さに僕は大声をあげて、グラスの水を一気に飲み干す。父と母は僕の慌てふためいた顔がおかしかったのか、隣でケタケタと笑いだす。
弾けたふたりの笑い声は、窓の外の雨音を一瞬打ち消した。
僕もつられて笑顔になる。
こうやって笑っていたら幸せなことが起きるような気がしてくる。

笑う門には福来たる。
これから嬉しいこと、楽しいことがありますように。

(つづく)

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