葉桜めのう
家にある本を紹介していくマガジン。 高校3年生から集めた古い本を紹介していきます。 なお、紹介する本を全て読んでいる訳ではないので悪しからず。 一日一冊を紹介していましたが、最近は不定期更新。
文学館巡りが楽しくなっちゃって大学で学芸員課程を取ってます。
フィギュアやフィギュア撮影のことについて話してます。 超像可動中心にねんどろいども集めています。
「オカン様、すみません。家にでかい荷物が届きます」 「え?いつ?月末はやめてよ、仕事のが来るからね」 「月末です」 「何が届くの?」 「本66冊です」 「なんて?」 ごちゃごちゃ言われながら、でかくて重い段ボール二箱はオカン様の荷物に紛れて無事にめのうの部屋に到着した。 たまにでかくて重い段ボールが届き、部屋の中ワタワタする娘の姿をオカン様はもう見慣れているだろうか。見慣れた上で「まあ、自分の金だから」と諦めと呆れとその他さまざまな感情を出しつつそれ以上は何も言ってこない。
分かりやすく人間の柔らかい部分を刺していく―― チラシの裏のメモ書き程度のめのうさんが好きな作品の羅列 増えるかも ①「真珠夫人」 我が卒論もとい恋文。 「つ、次はどうなってまうんや!」続きが気になりすぎて長編にも関わらず一日で読み終わってしまった作品。 昼ドラの原作になってますが、ドラマとは大幅に違うので…… 図書カード:真珠夫人 (菊池 寛) https://www.aozora.gr.jp/cards/000083/card4822.html ②「祝盃」 変わっ
世間の子どもたちは夏休みであるらしい。 どこへ行っても夏休み中の子どもたちが集っているし、買い物に行こうなら夏休みの自由研究キットが並んでいる。 良い研究題材を並べる博物館や教育施設も出てくる。 博物館実習で子ども向けギャラリートークの原稿を書いたっけ。 自由研究。 毎年この時期になると思い出す同級生が居る。 小学校一年生の秋。 机の上に夏休みの宿題と各々作ってきた工作やら絵やら自由研究を出していく。 その中で一等クラスの目を引いていたのはYちゃんの昆虫標本だった。 それ
時折、文学関連で作ったアカウントを見るのが嫌になる。 好きなもので何者かになった者が多すぎて。 だって、それは私が欲しかったものであるから。 いいな、注目されて。 いいな、偉い人に目をかけられて。 いいな、他人に認められて。 いいな、学問を続ける余裕があるのだから。 社会人二年目。 大学生の頃のような自由はない。 あるのは金銭の余裕と週二日の休みのみである。 学問に戻りたいという夢も霞んでいく。 「身体を壊して長く休んだら、湯治の片手間に司書資格でも取るよ」 カラカラと笑
濁った目で雨の中を歩いて昼食を買いに行く。 同じ目で同級生の輝くばかりのSNSを眺める。 一畳半の書斎で、数日前から着ている寝巻を着て、カップラーメンを啜る。 恋人も予定もGWの連休もない社会人二年生の休日。 他人に対する苛立ちは、自分の理想を押し付けているからだという。 「他人に対する悪意は結局、奥底にあるのは嫉妬ではないかしら」 学問に戻りたいと思う。 そうは言ったが、何一つそれを迎える努力をしていない。 そんな願望も日に日に霞む。 長らく同期の姿を見ていない。 あ
文学講座のノリで講演会に行ったらえらい目に遭った。 ただそれだけのノートである。 講師を侮辱するつもりもなければなにもない。 自分と方向性が合わなかった、自分の思っているものではなかった。 それもあるかもしれない。が、それだけの問題ではなかった。 これは「こういうこともあるよね」の共有ノートである。 兼ねてより予定していた文学講座の三回目が中止になった。 やることもないし、家で寝とくよりは勉強したい気持ちだったので、別の文学関連の講演会を予約した。 「人生楽しいやつはフット
人生で避け続けていた種類の人間と飲みに行った。 私はド真面目に生きてきた人間であった。 恋人もそういう経験もなければ酒もたばこもきちんと成人してからやった。 陰キャに近い真面目ちゃんで生きていた。 小学校・中学校では俗に呼ばれるスクールカーストの底辺に存在。 一軍・二軍の奴ら――陽キャ――との関わりを避けながら、時に先生に心配されながら、アホだバカだ頭悪い人間だと内心見下して生きていた。 高校は一クラスしかなかったうえ、陽キャといえども頭のいい人間ばかりなのでそれなりに付き
他人の人生を見る仕事だと思う。 会う人会う人、増える度に人生を覗き見る。 そして、自分の人生を考える。 死生観、老後、人生の最期。 二年前の三月。 「ありがとう」 年老いた、皺の深く入った彼女は微かに言った。 自分の孫が死に、娘が死んだ。十何年顔も見ていないひ孫が訪れた。 長く生きる。 長寿も決しておめでたいものではないのだと、潤んだ瞳に宿っていた。 人生の目標を一つ、また一つと達成していく。 人生いつ終わるかもわからないし、いつ動けなくなるかわからない。 文学講座を受
本が増えた。 志賀直哉、永井荷風、谷崎潤一郎、直木三十五、山本有三の全集で本棚が埋まった。 『文藝春秋』も増えた。追悼号、好きな作品の初出…… このコレクションに何の意味があるのだろう。 燃やすとは言わないが、無意味が並ぶ本棚。 「手に職をつけろが母の教えでして……」 好待遇、資格持ち。 四年間を自分の興味に振った自分を呪った。 文学など知らなければ今頃は…… 将来性がなさ過ぎたのだ。 無駄なものを知らなければ良かった。 もっと役に立ったならどれだけよかったか。 やはり
一番触れられたくない部分を自ら明かしてみた。 知ったような口を利かれた。 「アンタが私の何を知っている?」 「アンタが何の現実を知っている?」 その時からずっと、自分のやりたいこととは何かを考えている。 本当にやりたい仕事か? このままこの仕事のキャリアを重ねるだけで良いのか。 「なぜそんなに向上心があるんですか」 素で聞きそうになった自分が居て、慌てて覆い隠す。 「ここに居ない方が良い」 「居たところで邪魔になるだけだ」 誰にも本心を明かさない。 将来に対する不安と焦燥、
色々あり過ぎて無心になるため、これまでに集めた本――所蔵本――のリストを作り始めました。 今は菊池寛単行本(仙花紙本含む)と『文藝春秋』しかリスト化出来てませんが、そのうち鈍器のような作家集、文庫本、関連資料もリストにします。 以下、菊池寛単行本所持リストです。 (2022年11月21日時点) ☆……現代日本文学大系『山本有三・菊池寛集』書誌未記載 〇……現代日本文学大系『山本有三・菊池寛集』書誌及び『菊池寛現代通俗小説事典』書誌に未記載 △……現代日本文学大系『山本有三
#わたしの本棚 「#わたしの本棚」のタグを見ていると、『本棚がその人を物語っている』という言葉が目に付く。 その人が何を好きで、何に興味があるのか。本棚にある本以外の物、並べ方、すべてがその人を物語る。 私の本棚はどうだろう。 これほど分かりやすい本棚はない。 日本近代文学。 文豪、初版本、雑誌、全集、関連資料…… では誰をよく読み、誰が好きなのか。 本棚に並ぶ名前で明らかに多い「菊池寛」の文字。 本棚には本のほかに、アクリルスタンドやぬいぐるみが置かれている。 コレクシ
「昔恋しい 銀座の柳……」 雨の中、傘も差さずに銀座を闊歩する。 2年振りの東京、銀座。 雨が降っているから、厚底の靴で歩くだけの観光。 何度も聴いた歌を口ずさみながら、一回転。 紺のワンピースの裾が揺れる。 「植えて嬉しい銀座の柳……」 昨日の雨で冷えた空気を吸う。 カラリと晴れた青空にツバメは飛んでいるか。 柳の下に待つ者もなく、店のウィンドーを横目に一人で銀座を歩く。 千疋屋でキャンディを買った。 パウリスタでコーヒーを飲む。 「ある粉雪の烈しい夜、僕等はカッフェ・
前略、好きな男に10万使った。 私もよくわからない。 人生の半分とちょっとはオタクをやっているが、一番好きな男に狂い、一番短期間で金を使ったことに変わりはない。 気が付いたら諭吉が10人消えていた。 このノートはとあるオタクが好きな男に10万使ったという事実を淡々と話すだけのノートである。 そもそも「好きな男」って誰? 私は4年ぐらい前からPC/スマートフォンゲーム「文豪とアルケミスト」にハマっている。 高3の夏、受験生の夏。日本近代文学史のプリントが配られて、ゲームなら
「今はもうその道には行きたくないわけ?」 履歴書に堂々と書いたものだから、文学や芸術関係の職で飯を食いたかったこと、文学に興味があって大学で勉強してきたことについて職場の偉いさん方は知っている。 顔を合わせれば、状況を聞かれてこの質問。 「趣味でやっていた方が、良いと思うのです」 いつからそう答えるようになったか。 燃え残りの夢を抱えて、毎朝起きて職場へ行き、仕事をする。 同期の仕事ぶりを見る機会があったときは、出来ることもなく、ただ見ているばかりであった。 ああ、彼女もきち