菊池寛コレクションとささやかな夢


#わたしの本棚

「#わたしの本棚」のタグを見ていると、『本棚がその人を物語っている』という言葉が目に付く。
その人が何を好きで、何に興味があるのか。本棚にある本以外の物、並べ方、すべてがその人を物語る。

私の本棚はどうだろう。
これほど分かりやすい本棚はない。
日本近代文学。
文豪、初版本、雑誌、全集、関連資料……
では誰をよく読み、誰が好きなのか。
本棚に並ぶ名前で明らかに多い「菊池寛」の文字。
本棚には本のほかに、アクリルスタンドやぬいぐるみが置かれている。
コレクションまでの道のりも丁寧すぎる程に説明されている。
これほどまでに私を物語っている本棚はあるだろうか。

まず目を引くのは全集の存在だ。
『菊池寛全集』と『続菊池寛全集』が揃いでカラーボックスを埋めている。昭和四年、昭和八年に平凡社から出た全集が常に隣にある。
その後ろに隠れるように、中央公論社から出た『菊池寛全集』がある。
カラーボックスの一番上には『現代日本文学大系』や『日本現代文学全集』など図書館でよく見かけるような分厚い本の菊池寛作品収録巻が鎮座している。

その隣にあるカラーボックスには文庫本と関連書籍が詰まっている。
文庫本は現在書店で買える文庫本から絶版した文庫本、加えて復刊された単行本。関連書籍は評伝や作家論、記念館刊行誌、「真珠夫人」の漫画……とにかく菊池寛関連の資料が並んでいる。余談だが、卒業論文の参考文献は8割ほど私物の資料である。

続いて古書専用棚。
古書専用棚の菊池寛コーナーは大きく二つに分かれている。

一つは単行本。何万冊もある古本即売会で「菊池寛」の三文字を見つけ出し、購入しては手持ちの著作目録に線を引いている。
安ければ、少しでも状態が良ければ既に買っていても買う。
初版重版函欠関係なくとりあえず著作目録を埋めていく。
本の山から見つけ出して買っているので、著作目録から漏れているような単行本や仙花紙本もある。
「第二の接吻」新聞連載スクラップは私のコレクション全体を通して三本の指に入るほどの自慢の一品だが、今は蔵書リスト化の最中で整理が追い付いていないこともあって仙花紙本の下敷きになっている。

もう一つは『文藝春秋』の棚。
節目、賞創設、受賞発表、好きな作品の初出、個人的に欲しかった号……
水の都の古本市に制服で乗り込み、文藝春秋を漁っていた時代からの執念が詰まった棚。
戦前の菊池寛賞発表号(全六回)と受賞ジャンルを増やしての第一回菊池寛賞発表号、昭和10年新年特別号の芥川・直木賞制定宣言、芥川・直木追悼号……の他にも、「大正十六年」と書かれた雑誌が好きという理由で買った新年号、目次で志賀直哉と太宰治が並んでいて笑いながら買った号……買った理由も様々だ。

と、私の菊池寛コレクションを軽く紹介してきた。

なぜこのようなコレクションを持っているか。
高松から出た全ての菊池寛作品を網羅した全集は持っていないが、一応生前に出た全集を平凡社版と中央公論社版持っている訳であり、文庫も現在書店で手に入る分と青空文庫公開分、読むには十分だ。
なぜそこまでして「菊池寛」を集めるか。
私もよく分からなくなってきたので、私をよく知っている友人と話して自分の考えを整理した。

辿り着いたのは「好きな作家」「よく読む作家」と片づけられる存在ではなくなっている、という一つの結論だった。
ファンというよりはもはや「恋」という感情の入った求道者、頭のてっぺんからつま先まで、自分の肉体、人生のすべてを捧げても良いと思えるほどの熱意を貫ける。
「人生のすべてを捧げる」
それを本当に行動にできているかはともかく、菊池寛に対する熱意と愛は色々な人に認められているのだ。

そんな熱意と愛をエネルギーに走っていると、自分の好きな男の存在をもっと知ってほしいという考えが生まれてきた。
彼の存在が残した影響は大きいが、作品までは……という印象が、自分の中にある。

文房具屋や雑貨屋に行けば、文学作品モチーフのシールやマスキングテープ、ペン、インクが売っている。
いつぞやからの文豪ブームが幸いしたのか、こういったグッズはざっと見ただけでも結構な数が出ている。
が、そこに「菊池寛」は居ない。
あるのは国語の教科書常連の文豪たち。どこでも同じようなラインナップ。

感染症が拡大する中、スペイン風邪流行下の文学作品が注目された。
「マスク」が紹介された。合わせて「マスク」収録の短編集が発売された。
別のところで「受難華」が美麗なイラストを表紙に文庫化された。
私が幼稚園に入る前、「真珠夫人」がドラマになってブームになったという。原作である「真珠夫人」や他の長編小説が復刊された。

夢。
作品モチーフの雑貨に「菊池寛」の名が並ぶことを。
「真珠夫人」のようなブームが起きることを。
新しく文庫化される本が増えることを。作品が注目されることを。
それは私一人の力では成しえない大きな夢だ。
ならば私は何ができるのか。
一人でも多くの人に興味を持ってもらうことだ。
そのためにも、私は書店や図書館で手に取りやすい本を知って何が収録されているのかを把握しておかなければならないのではないか。
今まで全集を持っているからと満足していた私は、この考えを持ってあらゆる文庫本・作家集に目を向けた。
こんな綺麗な装幀があるのだ、面白い話があるのだ、この作品は何で読める。
どんな小さなことでも私がその愛と熱意をもって突き進んでいけば、誰かが振り向いてはくれないか。
誰かの興味に、ブームの片隅に私の仕事、存在を微かに残せたら――

本棚に詰まっているのは、好きな男への愛か執着か。
淡い、ささやかな夢。あるいは都合の良い夢か――

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