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ハラーヘッターと賢者の椅子

 世の中は科学では説明出来ない不思議な出来事で溢れています。夢、虫の知らせ、狐の嫁入りなど。昔テレビ番組で、オカルトvs科学みたいな企画がよく放送されていて、そのバトルがとても面白かった記憶があります。

 怖い体験や奇妙な経験はそれほどないのですが、ひとつ思い出す高校時代の出来事があります。私はあるキリスト教系の中高一貫の学校に通い、寮生活をしていました。寮監の一人でもあり化学、生物の教師でもある、原田先生という人がいました。寮生活においては、二十時から二十二時までは学習時間と定められており、個人ブースの机に向かい、予習復習や試験勉強などを、(一応)やっていました。部屋の前方には先生の机があって、そこで寮生を見守ったり、読書などをしつつ、定期的に徘徊しては居眠りしている寮生を起こしたり、漫画を読んでる勇敢な生徒に辞書ゲンコツを与えたりしていました。

 学校ではとても厳しいと評判で、口の聞き方の悪い生徒や、いじめなどには特に容赦無く、部活の顧問としても恐れられている存在でした。

 しかし寮生にはとても優しくて、私は何回もパンを奢ってもらいました。ある時先生の化学の授業で課題を何回も忘れて来ては、逆に開き直ってヘラヘラする、いわゆる常習犯に、ついに堪忍袋の尾が切れた先生は、その生徒を立たせ、猛説教を始めました。

「お前らは一体誰のおかげでこの学校に入ったのか?私立はな、ものすごく高いんだぞ!!そんな親の苦労も知らんくせに、なめた口をきくな!勉強するのが仕事じゃなかつや?甘えとったら知らんぞ。いいか、このクラスにはな、松本、森田っていう寮生がいるやろ?こいつらはな、先輩のご飯を温めて、洗濯して、飲み物買いに行って、学習時間に勉強して、その後消灯時間を過ぎてからまた学習室で自学しとるんだぞ。ちょっとは見習え!同じ十六歳やからな。そしてもし寮生をバカにしたらまじ許さんけんね!分かっとんな?」

 ものすごい剣幕で、私はドキドキしながら聴いていました。聞くところによれば、自身も学生の頃寮生活を送っていたとかで、当時の厳しさを身をもって体験していたこともあり、寮で生活する子供達の事をいつも気にかけてくれていたそうです。

 さて、ここまでだと厳しいが情に厚い昔気質の先生ですが、実はこの原田先生の真骨頂はここからなのです。

 原田先生の愛読書は、知る人ぞ知るオカルト雑誌、かの有名な『ムー』!
寮の部屋にはずらりと並び、学習時間の時も手放しません。授業にも必ずこの雑誌を携え一時間丸々世のオカルト談義に花を咲かせることしばしば・・

 未確認飛行物体、謎の遺跡、ミステリースポット、未確認生物に心霊写真などなど・・

「あ、もうこんな時間や。生物はまた次で!」なんてことは日常茶飯事の変わった先生でした。

 今のご時世、美人だとかイケメンという容姿の表現はあまりすべきではないのですが、あえて書かせてもらうならば、高身長、「B'z」の稲葉さんに雰囲気が似ていて、かなりカッコ良く、もし男子校でなければとんでもないことになってるなぁと、当時思ったほどです。

 あれは残暑残る初秋の頃だったと記憶しています。

「おっしゃぁ、今日はな、みんなで幽体離脱に挑戦しようと思う」

とんでも発言が飛び出します。どうやら長年の訓練で、昨日やっと頭の部分が離脱出来たとのこと。まずはクラスみんなで頭上の一点に全集中、邪念を押し退け頭から自分が抜け出すことを念じる。教室各列の最後尾の生徒は見張り役、様子のおかしい生徒がいれば揺り動かして蘇生させる、無事に幽体離脱は成功したけれど、本体に還るのに難儀している生徒の手助けをする、万が一金田一、離脱中に他の悪霊に取り憑かれ様子が急変した者がいた場合は、教室の端、出口に近い者が救急車、場合によっては有名な霊能者へ大至急連絡すべし!!

 さぁ、こうして先生の合図と共にオカルト学級の四時限目の授業が幕を開けたのです。

私は右から二番目の最後尾から、列、クラスを見守る・・先生は雑誌に頭をもたれクラスを先導する。時計の音が不気味に鳴り響き、室内クーラーの風のにおいがどことなく怨めしい。ん?なんだろう?何か聴こえる、聞こえるぞ!!なんだ?なんだ?

 鼻息が寝息と様変わりし、中にはいびきをかいて爆睡する者が現れ、昼ごはん前で我慢出来ずにお腹が激しく音を奏でる者、不完全な眠りの最中に何か夢を見て突然立ち上がる者まで出る始末。

  こうして奇妙奇天烈なとんでも授業は幕を閉じました。あちこちから湧き出るあくびの交響曲の余韻を残しながら。

 今では絶対考えられない、有り得ないほど素敵な授業でした。

 結果、二人の生徒が首まで離脱出来たかも知れないとの事(いびきかいてた)
 先生は右手がおそらく成功した(かも知れない)との事。そして椅子から数センチ体が浮いた(気がする)。
 以上のような実験結果となりました。


 原田先生、お元気ですか?
パン、ありがとうございました。本屋さんで『ムー』を見つける度、先生のオカルト学級で学んだ懐かしい授業が浮かんで来ます。あの時自分の夢にびっくりして立ち上がり、「麦チョコ!!」と叫んだ市川は、証券会社を退職し、今は司法書士として頑張っています。いびきをかいて爆睡、いや別世界を散歩していた寮生の森田は、お父さんの跡を継ぎ、大きな船の船長として悠々と大海を駆け巡っています。

 市電で母校の前を通る時、先生と食べた寮でのチキンカツや三食丼、夜中抜け出して買いに行った、ほっかほっか亭の唐揚げ弁当やのり弁が頭に浮かんできます。口の中も、胸の奥も、まるで三十年前にタイムスリップしたような感じになります。

 あ、先生!先生がいつも熱く語っていた理論上は可能なタイムトラベル、実現出来そうですか?
成功したら、ぜひ教えてくださいね、先生。
               


 

  

 

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