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#14 水側のひと

グラスにね、半分くらいに水が入ってるんだよ。

「あとこれだけしか残ってない」
と思うか

「まだこんなにも残っている」
と思うか

どう?
あるく、全てはものの見かたなんだよ。
あるくに「まだこんなにも残ってる」その見かたが加われば
きっともっと毎日は豊かになる。

何年か前、大切な友人がそう教えてくれた。

わたしはずっと幼い頃から前者の見かたをしてきたと思う。
それは決してマイナスではなくて、だからこそ
次は◯◯しなくちゃ!の思考になり、随分と仕事にも活かされた。

でも、わたしはこの一辺倒だった。

いつだってパーフェクトを目指した。
でもいつだって白地を残しているような気がして苛立った。
どうして埋めることが出来ないんだろう。
あと何が足りないんだろう。
いつからか、仕事じゃなくプライベートに於いてそう考えるようになった。
それはとても苦しかった。

そんな時、友人に言われたのが言われたのがこの言葉だった。

水が入ったグラス。
その空いたからっぽの部分を見るのか
それとも
まだ残る水の部分を見るのか。
もうこれだけしかないとヒステリックにならずに
あぁ、まだこんなにも残ってる!この水美味しいから
あの人にも飲ませてあげよう。そう思いたい。
そんな風に自分とも人とも関わりたい。
心からそう思った。

水側の人になるべく、ことあるごとに自分に囁いた。

「水側、水側・・・・・」

行動と同じように、思考だって癖がある。
癖は無意識、なので友人にもお願いした。

「グラス側になってたら教えて欲しい」

あれから何年経ったのかな。
ずいぶんと水側の人と言えるようになったと思う。

自分に厳しいわたしも最高だけど
そこはすでに十分満たされていると気がつけるわたしも最高じゃないか。

実は最近も、恋人に対してひどくグラス側のわたしが居た。
キツイのは誰でもない、わたし自身。
水側、水側・・・・。
今日も呪文のようにわたしは囁いている。

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