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母が、くも膜下出血で倒れました。[下] #3

起業家という道を経て、今は二作目の出版を目指して執筆活動に明け暮れる橋本なずなです。

このnoteは三部制です: [中] はこちらから

家族控室に掛けられた時計は6の数字を指している。
救急搬送されてから6時間が経とうとしていた。

———  数時間前

『 なず! 』
「 あぁ…!ありがとう、来てくれて 」

私は母の携帯から、母の恋人のヤナちゃんに連絡をしていた。
タイミング良くお仕事が休みだったヤナちゃんは、救急搬送されてから1時間もしないうちに駆け付けてくれた。

運ばれてから2時間くらいが経った頃、私たちは医師の先生に呼ばれた。

『 お母さまですが、病名から言うと “くも膜下出血” を患っています 』
『 くも膜下出血は40%~50%の割合で死に至るケースがある、非常に重篤な病気です 』

先生曰く、母は脳の中枢近くの動脈が切れてしまい、脳内で出血を起こしている状態だと云う。
そして、くも膜下出血の他にも、脳に水が溜まる “水頭症” も併発している。
そして水は肺の中にも溜まっていて、加えて心臓も悪くしているようで、計4つの問題を抱えているとの事だった。

『 本来であればすぐに手術という場合が多いんですけど、脳と肺の水、心臓のことを考えれば、今は容体の安定を優先して、二日置いて金曜日に手術をするのが最善だと思います 』

私はそれから様々な説明を受けて、たくさんの同意書にサインをして、病院を出る前には母との面会が許された。
ICUの中、少しの刺激でも再び動脈が切れてしまうかもしれないということで、麻酔で眠らされている母の姿があった。

ヤナちゃんと二人、病室に入ると、ピッピッという機械音が定期的に響いていた。

「 お母さん… 」

「 お母さん、ボロボロやんかぁ… ほんまに… 何でこんなんなるまで…っ 」

40から50の割合で死に至るケースがあるとか、重篤だとか、何を言われても私は案外冷静だった。
母は死なないと思っているし、根拠はないけれど、再び一緒に日常を過ごすことができると自信があったから。

けれど病室内で眠る母は、点滴やら酸素呼吸器やら、たくさんのチューブが繋げられていて、指先は冷たく、手を握っても握り返してはくれなかった。

理解していたのか、理解はしていたけれど考えないようにしていたのかは、もはや分からない。
けれど、その時ばかりは直視せざるを得なかった。
今、母は死の淵に居るのだということを。

「 ではまた、金曜日に 」

家族控室に掛けられた時計は6の数字を指していた。私とヤナちゃんは面会を終えると、重たい雰囲気で病院をあとにした。


『 疲れたやろうから、お弁当か何か買って来るよ 』
ヤナちゃんはそう言って私を家に送ると、再び車を走らせて行った。

家の中は今朝のまま、鼻を劈く匂いとたくさんの物が散乱している。
飼っている茶色と白色の二羽のうさぎたちには、突然のことで迷惑を掛けてしまった。

「 きなこ~、もち~、ごめんね。ご飯待たせちゃったやんなぁ 」

・・・ポトッ  ポトッ
それまでにも母を案じてひとしきり泣いたと思ったのに、二羽がこちらを見上げた姿に、また涙が零れて来てしまった。
ごめんね、大丈夫やからね、と、まるで自分に言い聞かせるかのように私はぶつぶつと呟いた。


暫くしてインターホンが鳴った。ヤナちゃんだ。

扉を開けると、白い袋を二つ抱えたヤナちゃんが立っていて、ぐすっぐすっと鼻をすすり涙を流していた。

『 なず、ごめんな…  買いもんしてたら、あの子の姿思い出して… つらいよなぁって… 代われるもんなら代わってやりたい、のに…っ 』

初めて見た、子どものように泣きじゃくるヤナちゃん。
その姿に、私は心底嬉しくなった。

母をこれほど思ってくれる人が居て、母の為に泣いてくれる人が居て。
私と同じくらい、いや、私以上かもしれない。母を案じてくれるヤナちゃんの存在が、とても心強く感じた。

父とは早くに離婚しているから、父をはじめ、父方の親族との関わりは私も母も全く無い。
母方の親族には、私から見て祖父母と二人の叔父がいるけれど、兄の家出をきっかけに揉めてからずっと絶縁状態だ。

私と母は、父方からも母方からも、両家から孤立している。
私たちは正真正銘、二人三脚で歩んできた二人きりの家族だ。

『 頑張ろうなぁ、っ、なず、頑張ろうなぁっ 』
「 うんっ…  がんばろ。お母さんもきっと良くなる 」

大きな背中のヤナちゃんを見送って、私は家の中へと戻った。


病院で先生はこんなことも言っていた、『 数日前から出血していた可能性がある 』と。
いつ倒れていてもおかしくなかったことを思うと、家で発見できたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。

———『 どっか、俺らが知らんところで倒れてたかもしれんことを思うと、なずが昨日心を病んだことはあの子を守ったんかもしれへんな 』

日中聞いたヤナちゃんの言葉に、私はとても救われていた。

昨夜は自分が死にそうで、今夜は母が死の淵に居る。
たった24時間の間に目まぐるしく状況が移り変わって、私はようやく数時間ぶりに一息をつくことができた。

母の容体はもちろんのこと、たちまちの生活のこと、お仕事のこと、入院費や手術代。考えなければいけないことは山積みだ。
母が安心して戻って来られるように、無理に復帰を急がないで良いように。
すべてをクリアにして「 おかえり 」を言おうと心に決めた。


しかし、この後掛かって来た一本の電話によって、私はさらに腹を括ることになった。

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