見出し画像

アメリカの大学で教えてみないか(7):教え方やエピソード

前回に続いて、380人の主に新入生向け、「社会学概論」の教え方や数あるエピソードからいくつか書いてみます。

まず、僕はシニアの教官なので、1年生向けの授業を担当する「必要」はありません。実際、来学期はこのクラスが時間を変えて9つ開講されますが、テニュアラインの教官(助教授、准教授、教授)は僕だけです。でも、ここ15年ほどは自分から進んでこのクラスを教えてます。

理由はいくつかあります。まず、高校を出てすぐの学生に大学に馴染んでもらえるように、できればベテランの教官が教えた方がいい。これは僕の考えでもあるし、大学の考えでもあります。他のクラスは200人の教室なのに、僕だけ380人、というのはこの理由が大きいです。

当然のことですが、教え慣れてるクラスは準備が楽です。講義ノートは毎年更新しますが、全部変える必要がない。

もう一つの理由は、前回書いたテキストブックを学生が買うので、その印税が入ること。結構バカにならないんだわ、これがw。

さて、週に2回、80分間ずつの講義は、教える方も教わる方も飽きちゃうので、工夫しないとです。初回の講義は「フリーズ!」から始まりますが、他にも色々やります。

授業中にわざと転びます。で、何事もなかったかのように授業を続けます。で、その後で「さっきはわざと転んだのよ」っていうスライドを見せます。「ドラマツルギー」という、「人生は全てドラマである」っていう考え方なんですね。演劇で役者がセリフを忘れることって結構あるらしいです。そういう時は他の役者が「お前が言いたいのはこういうことだろう」ってカバーして、観客は何も気づかない。

つまり、役者同士で「予想外のことはなかったことにして、芝居を成立させる」訳ですね。で、ドラマツルギーによれば、人生も同じ。「僕が転んだことはなかったことにして、授業を成立させる」。

エレベータに乗ったら良からぬ臭いがする。でも、そういう時も「何事もなかったかのように振る舞う」のが暗黙の了解です。これもドラマツルギー。転ぶのもそうですが、「恥ずかしいこと」はお互い、なかったことにしましょ、っていういわば「思いやり」です。

あるいは、授業中にいきなり空いた席に座ります。で、何もしない。30秒くらい経つと学生がガヤガヤし始めます。「どうなってるの?」って。で、立ち上がって説明します。「僕がやったのは君らがやっていることと全く同じ。椅子に座っただけ。じゃ、どうして『変』なんだろ?」つまり、僕は教員という「立場」があり、学生には学生の「立場」があります。

一つ一つの「立場」(status)にはそれに応じた「役割」(role)があり、教室っていう「枠」(frame)があり、教員が話して、学生が聞き、時々ディスカッションが始まる、っていう「筋書き」(script)があります。僕が椅子に座るってのは、その役割や筋書きからの逸脱なので、「社会の秩序」(social order)が壊れちゃう。つまり、人はその立場に応じた役割をこなさないと社会の秩序が乱れちゃうって話です。

長年教えてるので、授業でのハプニングも多々あります。これまでの一番は学生が癲癇の発作で口から泡を吹いて、文字通り「バタン」と倒れたことでしょうか。教室中騒然です。応急処置の心得がある学生がいたので、面倒を見てもらい、救急車を要請しました。10分ほどで到着し、ことなきを得たのですが、さすがに授業をする気にはなれず、残りはキャンセル。

とある日は、教室に入ると強烈な悪臭が。いわゆる「オナラ」の臭いです。調べてみると、中程の椅子の下が臭いの元凶。Stink bomb(オナラ爆弾)っていう、袋を破くととんでもない悪臭がするっていう代物。どういう状況で使うのか全く不明ですが、市販されてます。

後からわかったことには、僕の前の授業を取っていた学生がしたいたずら(もしくは嫌がらせ)で、僕の授業には無関係でした。それにしても臭いので、この時も授業は中止です。とても我慢できるレベルの臭いじゃなかったです。

2001年9月11日は火曜日でした。まだスマホがない時代だったので、僕が授業の初めにニューヨークのワールドトレードセンターのツインビルに飛行機が突っ込んだ話をすると、クラスの2/3が初耳でした。「多分これから起こるだろうイスラム系住民への差別に加担しないように」って話をしたのを覚えてます。

アメリカでは多分ほどんどの大学で、クラスのウェブサイトを使って、クラス全員にメールを送ることができます。主に使われてるのは講義ノートを借りたい学生からのお願い。ところが問題なのは、これが教員にも送られてることに気がつかない学生が多いこと。

1度など、エンジニア志望の学生が、「こんなかったるい授業に真面目に出る気がしない。だいたい、社会学なんてやってるからこの先生、奥さんが働かないと生活もできない情けないことになっちゃってるんじゃね。とにかくこんなつまんないことに割く時間ないので、ノート貸してくれ」っていうメールを出してきました。僕が読んでるのも知らないで。

むかっときたので、「こちら情けない先生ですが、おたくのこれまでの成績じゃエンジニアなんてとても無理だぜw」って返事を出しました。それを面白がって大学の外の一般のメーリングリストに流した学生がいたんですが、それが大反響。

一晩のうちに100近くの反応があり、この生意気な学生をバカにするのが6割、僕を責めるのが4割くらい。まあ、見事に炎上したんですね。そのうち、「だから俺は大学の先生ってのが気に入らないんだ」とか「この教官、生意気学生の成績が悪いことを書いちゃったから、クビだな」とかどんどん話が大きくなっていきました。

僕は自分でもメーリングリストをいくつか主宰してたり、調整役(moderator)をやっていたので、炎上した場合の「火消し」の方法はわかってます。「『情けない教官』だけど、1回だけ書くよ」って言って問題点と僕の主張を全部箇条書きにしました。「火消し」のコツは全部を1回のメールで言い切って、あとは一切反応しないことです。これで火は消えたはずでした。

ところが残念なことにw、大学のメールを外に漏洩した学生の名前がわかったので(簡単に本名がバレるハンドルネームを使ってました)、僕がこの学生に「これって、大学内部のやりとりを外部に流したのはまずいよね」って脅したら、その晩のうちにビビって全部削除しちゃったことです。あんまりおかしいので、家族に「読んでみ」ってメールしたのに、読めなかったみたい。スクショ取っておけば良かった。こんなんじゃビビらんて。

このクラスでは試験が4回あります。試験の日程を忘れちゃったり、準備ができてなかったりで、追試を受けるべく、学生はいろんな口実を作ってきます。ほとんどはまともなものですが、中には怪しいものも。

一番多いのはなんと言っても病気です。これはしょうがない。医者の証明書をもらうこともありますが、基本認めます。

随分前のことですが、2人の男子学生が「2人一緒に交通事故にあって医者に行ってたので間に合わなかった」とのことで、頼まれもしないのに、医者の証明書を持ってきました。これを読んでピーンときました。字が綺麗すぎるんです。日本でもそうですが、医者ってどういう訳か字が汚いです。この証明書は明らかに女性の書いたものでした(英語だと性別がわかることがままあります)。

早速クリニックに電話したら、「確かにその2人は当院の患者ですが、この日に診察した記録はありません」との返事。今なら「個人情報保護」とかで多分教えてくれない情報もあっという間に教えてくれました。「さあ、どうやって2人をいじめてやろうかな」と思って楽しみにしてたんですが、結局、2人ともクラスをドロップ(聴講中止)しました。元々の成績も悪くてついていけないと思ったんでしょうね。せっかく嘘をいたぶってやる機会だったのに、うーん、残念w。

試験の日にはおじいちゃんやおばあちゃんがよく死にます。怪しいと思ったら、新聞の追悼記事(ローカル紙にはたくさん載ります)か葬式の式次第を持って来させることもありますが、基本は信じます。まあ、もっと祖父母以外の親戚が多くてもいい気はしますけどねw。

変わった理由として、「中庭で餌をやってたらリスに噛まれた」っていうのがありました。右手に包帯巻いてたので、多分ホントなんでしょうね。リスは大学にいくらでもいるので。また、男子学生が「お姉さんの出産を助ける」っていう理由で追試を希望したことがありました。お姉さんのお産で何ができるか知りませんが、両親も夫もいないかも知れないし、こればっかりはなんとも言えません。追試許可です。

今は1年に1クラス、380人ですが、以前は1年に2クラス、700人以上を教えてました。小さい街なので、僕のクラスを取った人がたくさんいます。一度など、サッカー場で、子どもの試合を待っている時に飛んできたボールを蹴り返すと、プレーヤーの一人が「I took your class!(授業取ったよ)」って言ってきたかと思うと、その試合の審判が「I took your class, too!(私も!)」って応えたり。

そういう時、僕は「How did you do?(成績は?)」って聞くのですが、この時は確か「B」と「A」でした。DやFを取った学生は最初から声をかけてきませんw。

近所のスーパーマーケットの駐車場を歩いていると黒人の女子学生が車で通りかかって、窓をおろして叫んだことがありました。「I took your class! I loved it!(クラス取ったよ、すごく良かった)」なので僕が「Say it again!(もう一回言って!)」と叫ぶと、向こうは「I loved your class!(クラスすごく良かった)」2人で一体、何やってんだか。

またも長いエントリーをお読みいただき、感謝です。

Coming up next: アメリカの大学で教えてみないか 8

人とは違う視点からの景色を提供できたら、って思ってます。