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投稿小説まとめ

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【短編小説】渦男

【短編小説】渦男

 巷は大渦の話題で持ちきりである。突如印度洋に現れたそれは、島を七つも呑み込んでなお、拡大を続けている。未だ明らかでないその正体を、私は知っているように思う。あれはきっと彼だ。印度へ渡った、かつての友人、そのなれの果てだ。

※※※

 彼は大学の同輩であった。初めは入学式の席が隣だった、というそれだけの関係だったが、何かの拍子で同郷なことが発覚し、以来友人となった。時に飲み、時に遊びながら互いに

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【掌編小説】しろすぎる腕

【掌編小説】しろすぎる腕

 昼が死にゆく、夕暮れ時の快速急行。すし詰めの車内で何とかつり革を捕まえ、安堵の息を吐いた。ふと、妙なものに目が留まる。子供の腕――がっちりと互いに食い込んだ人々々の隙間から、やけに白い細腕がすらりとこっちへ突き出ている。肘から先。私の方へ手を伸ばしているわけではない。ただ、人ごみの混沌に巻き込まれるうちにあらぬ方へ身体が持っていかれてしまった、そんな様子。私にもそういう経験がある。遠方の塾へ通っ

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【短編小説】夏富士

【短編小説】夏富士

 夏富士はくらぐろとして、いかにも乳房のようである。湖畔の旅館でだらだら過ごすつもりだったが、山肌と入道雲の合間の青さを眺めるうちに、どうにもたまらなくなってしまった。五合目までバスでゆき、登山者の列に加わった。みちみち、下山者たちとすれ違う。どうにも場違いなような気がしてきた。大きなリュックを背負い、杖を突く人々は、顔を合わせるたびに挨拶をして、頑丈そうなブーツを鳴らす。それ以外は大して喋らない

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【短編小説】行方不明の秋

【短編小説】行方不明の秋

 郷里の夏はねちねちとしている。盆地を囲む山々が熱を逃がさないのだ。郷を離れていた二十数年のうちに、そのしつこさは一段と増したらしい。九月も末だというのに、汗を垂らしながらインターホンを押す。家主を待つ間、くすんだ塀を背に負って立つ、ホウセンカに少し見惚れた。ドアが開く。ひっつめ髪の彼女は、驚いたように目を丸くした。

「あれ、ヒー坊」
「ユイねえ、おひさ」
「電話では木曜って……」
「木曜は今日

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【短編小説】生/首曼荼羅

【短編小説】生/首曼荼羅

 暗がりから現れたそれを見て、私は息をのんだ。確かに生首だった。車輪付きの台座の上でごとごとと揺れ、陽気な歌を口ずさんでいた。生ける生首の噂は本当だったか――私に笑いかける彼の眉は、少し歪んでいた。

「どうした、そんなに驚くこともないだろう。大英博物館には世界の全てが折り畳まれているんだから」

 私は気の抜けたような返事しかできなかった。眩暈がしていた。彼は快活に笑い、肩でも叩くような調子で聞

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