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トランスジェンダーへのメッセージ:逆境からの成長(PTG)が導く、自分らしい人生の歩み方

はじめに

私は、性分化疾患によって性別不合(MtF)を抱え、加えて重い心臓疾患や脊髄損傷、ADHDなどの様々な身体的・精神的困難を抱えながらも、研究者や学生として充実した日々を送り、留学生支援という社会貢献活動にも喜びを感じながら取り組んでいます。重い心臓疾患は常に命の不安と隣り合わせの状態をもたらし、脊髄損傷は慢性的な痛みと機能制限を伴います。一見すると不可能に思えるこの生き方は、実は心理学の研究で「PTG(Posttraumatic Growth)」と呼ばれる概念に裏打ちされているのです。「逆境からの成長」と訳されるPTGは、トランスジェンダーの皆さんをはじめ、困難を抱える全ての人に希望を与えてくれる、とても力強い考え方だと私は感じています。

逆境からの成長(PTG)とは何か

PTGとは、「心的外傷となるようなストレスフルな出来事を体験した後に生じる、ポジティブな心理的変容」(宅, 2010)のことを指します。つまり、人生の危機に直面した時、そこから逃げるのではなく、真正面から向き合い乗り越えようとする中で、人は精神的に大きく成長を遂げられるのです。

西野・沢崎(2014)は、PTGの特徴として以下の点を指摘しています。第一に、PTGは時間の経過だけでは自然に生じるものではなく、苦境体験に向き合い乗り越える中で意図的に獲得されていくものだということです。第二に、過去のある時点の出来事よりも、過去の一定期間にわたる継続的な苦境体験からPTGが生じやすいということです。

トランスジェンダーの多くは、性自認と体の性の不一致に悩む日々を思春期から続けてきました。加えて、周囲の偏見や自己否定感とも長い間戦わなければなりません。「自分はこんな苦しみしか味わえない存在なのか」と、何度も自暴自棄になったことがあるのではないでしょうか。しかし、同じ悩みを抱える仲間と出会い、支え合う中で、「性別違和の経験には意味がある」と考えられるようになる人も多いのです。性別の枠に収まらない生き方を通して、私たちは「人の多様性の尊さ」を社会に問いかけていけるのだと。そう思えた時、苦しみは自分を強くする糧になります。みなさんも、今の苦境に意味を見出す勇気を持ってほしいと思います。必ず、かけがえのない教訓を得られるはずです。

苦境への意味づけが成長を促す

PTGにつながるのは、困難な経験をどう意味づけるかということです。西野・沢崎(2014)は、PTGの程度が苦境経験を肯定的に意味づけられるかどうかと深く関連することを明らかにしています。トランスジェンダーであることは、生きづらさを感じる原因になると同時に、人生を豊かにしてくれる学びの源泉にもなり得ます。

例えば私は、MtFであることで女性としての社会的地位の低さを実感し、フェミニズムの重要性に目覚めました。元々は無関心でしたが、今では学生にジェンダー問題について教える立場にもあります。性別違和の経験は、私に新しい世界への扉を開いてくれたのだと感じています。

また、性別移行の過程では、「自分らしさとは何か」をとことん考えさせられます。与えられた性に違和感を覚え、自分で選び取っていくジェンダーアイデンティティ。その経験は、「主体的に生きる」という人生観の基礎になるでしょう。

このように、逆境をきっかけに人生観や価値観を問い直すことが、PTGを促すのです。トランスジェンダーの皆さんには、「性別違和は、自分だけが直面する特別な課題」というよりも、「人間として普遍的な『生き方』を問うための試練」と捉えることをおすすめします。そうすることで、この経験から学び成長するための視座が開けてくるはずです。

困難を糧に新たな可能性を拓く

PTGのもう一つの特徴は、危機的状況を乗り越えることで、それまでは考えもしなかった新しい人生の可能性が拓かれるということです。西野・沢崎(2014)は、PTGによって新たなチャンスに恵まれたと感じる「New Possibilities」の因子を見出しています。

トランスジェンダーの場合、性別移行の過程で得た「多様な生き方を認め合う」という価値観が、新しい道を切り拓く原動力になるかもしれません。性別違和の経験から得た「どこにも完全には属せない」感覚は、様々なマイノリティへの共感力を育んでくれるでしょう。性別違和の経験は、多様性を尊重する視点を培ってくれる遠回りの道だったのかもしれません。

みなさんもきっと、トランスジェンダーだからこそ気づけた新しい世界があるはずです。外見やジェンダー表現への探究心が、美的感性を磨いているかもしれません。自分と向き合う中で培ったアイデンティティへの問いかけが、いつか哲学への扉を開くかもしれません。「困難だから」と諦めるのではなく、「困難だからこそ」磨かれる感性があることを信じてください。

トンスジェンダーの逆境力

最後に、PTGを支える要因として、レジリエンス(精神的回復力)の重要性が指摘されています(Calhoun & Tedeschi, 2006)。つまり、ストレスフルな状況でも折れずに適応していく力が備わっていることが、危機を成長の糧にするために欠かせないということです。

ここで朗報なのは、トランスジェンダーの人たちの多くが、並々ならぬレジリエンスを持っているということです。体の性と心の性の不一致に向き合い、自らのアイデンティティを隠さず生きることで、日常的に周囲の視線や偏見にさらされます。その中で生き抜いてきた経験は、他の困難も乗り越えるための強靭さを育んでくれているはずです。実際、トランスジェンダーの中からは、芸術や学問の分野で輝かしい成果を上げる人が数多く出ています。性別違和ゆえの逆境を、独自の感性を磨く糧にしているのです。

また、トランスジェンダー当事者同士のつながりの中で、孤独感や疎外感を和らげ、安心して自分らしくいられる居場所を得られることも、レジリエンスを高める上で重要だと言えます。私も、様々な悩みを分かち合えるコミュニティとの出会いが、生きる勇気をもらう上で大きな支えになりました。みなさんも、同じ思いを持つ仲間との絆を大切にしてほしいと思います。

おわりに

トランスジェンダーの人生は、性別違和という他者には理解されづらい困難との長い対峙の連続です。時に自分を受け入れられなくなったり、生きる意味を見失ったりもするでしょう。しかし、どんなに辛い状況でも、そこから学び成長するチャンスは必ずあります。その苦しみは、いつか誰かの役に立つかけがえのない経験になるのです。

「トランスジェンダーという荒波を越えてこそ、あなたは人生の新たな地平を拓ける」

甘利実乃

どうかこの言葉を胸に、恐れずに自分の心に従って生きてください。あなたの勇気ある一歩一歩が、やがて多様な生き方を認め合う社会を作っていくのだと信じています。心からの応援を贈ります。

参考文献

Calhoun, L. G., & Tedeschi, R. G.(2006).The foundations of posttraumatic growth: An expanded framework. In L. G. Calhoun & R. G. Tedeschi(Eds.),Handbook of posttraumatic growth: Research and practice(pp. 3-23).Mahwah, NJ: Lawrence Erlbaum Associates.

宅香菜子(2010).がんサバイバーのPosttraumatic Growth 腫瘍内科,5,211-217.

西野明樹・沢崎達夫(2014).苦境体験におけるPosttraumatic Growthに関する研究─体験者の主観的意味づけに着目して─ 目白大学心理学研究,10,11-24.


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