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世界の庭師

園芸を始めて、いつの間にか3ヶ月が経っていた。

三十路を過ぎて疲れてきて、静かな趣味を持ちたくなった。地元のジムに通うようになったから在宅で出来るものがいい。
何よりも、僕は薔薇が大好きで、自分で自分の薔薇を育ててみたかったし、同じように薔薇が好きな女の子に、自分の薔薇を贈ってみたくなったのだ。

ゴールデンウィークに買ってきた新苗にはすでに蕾がついていて、5月の終わりにはきれいな花をつけた。

後で調べて驚いたのだが、生育一年目の新苗は、春には咲かせずに蕾を点摘したほうが生育不良にならないらしい。(枝や根を大きくするための栄養が、花のほうに向けられてしまうため)
事実6月いっぱいは生育がピタリと止まってしまって、随分悲しい思いをしたものだ。
その後活力剤を週一回施すようにして、7月の頭にようやく新しいシュート(茎)が出てきてくれてホッとしている。
友達の誕生日が9月30日で、それまでに咲かせるように8月なかばに剪定をしようと考えている。
(うまく育っていると、鋏を入れてから45日で花が咲くらしい)

ハーブを育てたのは、薔薇につく害虫を匂いで遠ざけたい狙いからだった。また匍匐して育つローズマリーとタイムはグラウンドカバーにもなって、土が猛暑日に乾上がったり、雨の日にはねた泥で葉が病毒にかかるのを防いでもくれる。
薔薇と同じ鉢には現在ローズマリーとタイムを同植していて、将来的にはローマンカモミールとイタリアンパセリも同居させてもいいかなと考えている。
薔薇の鉢の周りには立性のローズマリーとバジル、マジョラムを配している。害虫除けの、用心棒的な意味合いだ。

完全な趣味で始めた園芸だが、いろいろ考えさせられる。
例えば、こんなこととか。

このような方向性のことを、八木雄二『生態系存在論序説』で読んだ記憶があって(大学の講義の課題図書で、もう10年以上前だからうろ覚えだが…)、ずっと心に残っていたのだが、園芸を始めて「体感」として分かり始めてきた。

僕は薔薇の花が好きで園芸を始めたわけだが、花はそもそも虫や動物を誘うためにある。蜜の匂いで呼び寄せ、受粉を助けてもらうのだ。しかし花を咲かせておくのに株は膨大なエネルギーを費やしてしまう。役割を果たした後の花は、落ちてくれなければならない。

ミント、ローズマリー、タイムなどのハーブ類は繁殖力旺盛で、放っておくと無尽蔵に繁茂してしまう。すると風通しが悪くなり、株元が蒸れ、カビが生えたり雑菌が発生したりする。だから繁りすぎた枝葉は、適度に間引かれなければならない。

森の生態系では、他の虫や動物がこれらの調整を無自覚に果たしてくれる。八木の著書によれば、それを最も効率よく行うのが猿だったそうだ。
しかし外界から隔離された庭やコンテナプラントでは、この調整を「人間」が行わなければならない。
猿の子孫である人間の祖先のアダムが「庭師」なのは、偶然ではない。

さて、今後の展望なのだが、育てたい植物がいくつかある。

①エリカ(ヒース、ヘザー)

昔通っていた立ち飲み屋の当時の店長がエリカさんという人だったのと、ガルパンのキャラで「逸見エリカ」が好きだという安易な理由だったが、調べるとヨーロッパの言語文化ではなかなか面白い。

まず、ドイツの行進曲のErika。
故郷の原野に咲くエリカの花と、同じく故郷に残してきた恋人エリカをかけて懐かしむ歌だ。

Auf der Heide blüht ein kleines Blümelein
und das heißt: Erika.
Heiß von hunderttausend kleinen Bienelein
wird umschwärmt Erika,
denn ihr Herz ist voller Süßigkeit,
zarter Duft entströmt dem Blütenkleid.
Auf der Heide blüht ein kleines Blümelein
und das heißt: Erika.


ちなみに、ストパンのエーリカ・ハルトマン少尉のキャラソンとしてロック調にアレンジされたものもある。

その甘き姿は
我らを虜にする
野に咲いた可憐な花
その名はエーリカ
(…)
戦いの無い空求めて
天高くエーリカ
共に夜明けも黄昏も
さあ行こうエーリカ
我らはどこへでも
故郷を求めて

また英語圏では、エリカや近縁のカルーナなどを総称してヒース(heath)ないしヘザー(heather)と呼ぶらしい。このヘザーが出てくる歌と言えば、サイモン&ガーファンクルの「スカボロー・フェア/詠唱(Scarborough Fair / Canticle)」だ。

Tell her to reap it with a sickle of leather:
(War bellows blazing in scarlet battalions.)
Parsley, sage, rosemary and thyme;
(Generals order their soldiers to kill.)
And gather it all in a bunch of heather,
(And to fight for a cause they have long ago forgotten.)
Then she'll be a true love of mine.

パセリ、セージ、ローズマリー、タイムを刈り取って、ヘザー(エリカ)の枝にまとめ編んでくれ。

下記サイトによれば、ヘザー(エリカ)の枝を渡すことは、恋人に別れを告げることを意味したらしい。
原典は見つからなかったが…

https://www.krauter-haus.jp/erica/

最後に、アイルランドの伝説上の詩人オシアンの物語に出てくるヘザー(エリカ)。

オシアンの息子オスカルは、結婚したばかりの妻マルヴィーナを残し戦に出る。夫の帰りを待つ新妻の元に届けられたのは、紫のヘザー(エリカ)。死の直前に、滅びぬ愛の証としてオスカルが摘んだものだ。
夫の死の知らせを聞いてマルヴィーナは涙を流す。その涙がヘザーにかかり、紫の色を洗い流して純白のヘザーに変わったというのだ。

'although it is the symbol of my sorrow, may the white heather bring good fortune to all who find it.'

白くなったヘザーを見て、マルヴィーナはこう言ったそうだ。

実はこのエピソードも原典が見つからなくて、下記サイトからの引用である。

https://www.scottish-at-heart.com/scottish-heather.html

このように逸話の多い花なので、是非育ててみたい。
パセリとセージと、ローズマリーとタイムと一緒に。

②水仙

ギリシャ神話のナルキッソスと関係の深い花だ。
オウィディウス『変身物語』では、池の水面に映った自分自身の姿に恋して悶え死んだナルキッソスが姿を変えたのが、この水仙ということになっている。

ナルシストの気がある身としては、興味深い花だ。

③勿忘草

中世ドイツの悲恋伝説。
ドナウ川の岸辺に咲く花を恋人のために摘もうとした騎士が、誤って川に落ちてしまった。

「僕を忘れないでくれ!(Vergiss mein nicht!)」

そう叫んだことが、花の名前の由来らしい。

どうしてもこういうエピソードには弱くて、気にかかってしまう。

EXTRA. プチ野菜とベリー類

あまり大きい庭ではないので難しいかもしれないが、野菜やベリー類も植えてみたい気持ちがある。

ハーブ類とのコンパニオンプランツとしての相乗効果も期待できそうだ。

これから台風の季節になる。
人だけでなく花にも厳しいこの天災、なんとか凌いでいきたい。

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