田中昭全

香川県三豊市を拠点に活動しているアーティストです。

田中昭全

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マガジン

  • 野口儀道のアーカイヴ :詩集「優雅な挨拶」

    松山市の古書店で手に入れた野口儀道の詩集「優雅な挨拶」をアーカイヴしました。色々調べてみてもこの作家の情報が見つからなくて、自費出版の同人作家ではないかなと思います。何か情報を持っている方がありましたら、お知らせください。書名や著書名は出しませんでしたが、わたしの短編小説「美しい本同好会」の中にも登場します。また、この詩集にインスパイアされて「優雅な挨拶」という物語を書き始めました。

  • 河田誠一のアーカイブ

    香川県三豊市仁尾町出身の詩人であり小説家・河田誠一の作品をアーカイブしています。大正から昭和にかけて活躍した作家です。ただ、結核にかかり22歳という若さで夭折したため、現在の日本でも正当な再評価がなされておりません。唯一の作品集「河田誠一詩集」は彼の死から6年後、昭森社から100部限定で出版されました。編集は河田の親友で作家仲間である田村泰次郎が行ったようです。しかし、未発表の遺稿から編集されたその本は、生前の河田が同人誌や雑誌に発表していた作品は未収録に終わりました。また、私生活を反映した作品が多く、彼の作品に見られる詩情があまり見受けられません。詩集はすぐ絶版となり、古書市場でも高額の値段が付けられております。残念ながら、誰でも手に取れる状況にはありません。散逸している彼の作品や、彼の暮らしぶりがわかる作品を自分に出来る範囲でアーカイヴしておこうと思います。

  • 小説「ぼくと彼の夏休み」

  • 小説「優雅な挨拶」

    昭和初期に生きた詩人の物語。

  • 田中昭全の日記

記事一覧

詩集「優雅な挨拶」 v<身体の歩行>+目次+奥付 野口儀道

<身体の歩行> * 「身体の歩行」 重なり合つた女の顔がゆれてる 絶望の瑠璃色の天気の日 身体の歩行やダイビングについて語らう。 赤い旗がひるがへる海辺。 犠牲者を…

田中昭全
1か月前
3

詩集「優雅な挨拶」 iv<五月> 野口儀道

<五月> * 「僕の土」 そんな国で 何が僕を待つてゐるのだらう。 硝子の中にゐる蛇。 僕は僕のつかんだものだけをばらまかう。 薄い板一枚。 僕は生きてゐるのだらう…

田中昭全
1か月前
1

詩集「優雅な挨拶」 iii<思考> 野口儀道

<思考> * 「亀裂」 こんな丘辺に座って 何を僕等は考へてゐるのだらう。 ほのぐらい金や緑の陰影の中で 何時の間に僕等のお祭は流れていつてしまつたのか。 野原は…

田中昭全
1か月前

詩集「優雅な挨拶」 ii<阿呆> 野口儀道

<阿呆> * 「絶望」 くだらなさ。 軽蔑や破壊を前にして 置き忘れられたやうな悲しみが 流れ落ちてゆく うしろもみずに。 海のやうに拡がつてゆく俺。 絶望の眩しい…

田中昭全
1か月前
1

詩集「優雅な挨拶」 i<序><優雅な挨拶> 野口儀道

<序> これは著者の第1詩集である。 詩稿は2601年2月から2601年6月に至る期間に書かれたもののみである。 これ等の詩について これ等の詩が語る青春と美と力と悲哀につい…

田中昭全
1か月前

[戯曲] とあるペントハウスの一夜

高級だけど、ちょっと古くさいしつらえのマンション最上階にあるペントハウス。 無駄に広い洗面台の鏡をのぞく中年男性。 つけっぱなしのテレビからワイドショーの音声が流…

500
田中昭全
2か月前
2

[短編小説] 美しい本同好会

 ぼくの乗った路面電車が、雨の街を走り抜けていく。冷たい雨粒が容赦なく車窓を打ちつけている。ぼくは傘を持って出なかったことを、すこし後悔していた。  友人との待…

300
田中昭全
3か月前
1

優雅な挨拶(7)

 正直ぼくには、恋が何たるか分からない。これまで出会った女性には、大した感情を抱かなかった。だから、真っ直ぐに恋をしている幸助がうらやましい。我を忘れるほどの愛…

田中昭全
10か月前
2

「秋思」河田誠一

 山の色が紫がかって紺碧の空と区切り、秋の模様を彩ると、秋草の上に白い風が流れて地上の万物を浸し、海草のやうになびく杜の灌木材のほとりの小堀などには、もう小魚た…

田中昭全
11か月前

「故郷平石に遊ぶ。」河田誠一

一、町汀曲浦海青く、山緑なる仁尾の郷、   稲田は深く耕され、塩田は遠く拡がりて、   勢充てり誰が家も。 二、沖つ波間の平石を、堅き心の友として   老も若きもな…

田中昭全
11か月前

優雅な挨拶(6)

 夕方の鐘が鳴る。図書館にひと気がなくなると、図書カードに押す判子一式をカウンターの抽斗にしまう。読書席で出しっぱなしになっている椅子は机の下に収める。窓を閉め…

田中昭全
1年前
4

優雅な挨拶(5)

 図書館の隣には、芝生の広場がある。市役所の時計台に付いている正午の鐘が鳴ると、そこいらの会社の人たちがめいめい昼食を手にやって来る。  ぼくは節約のために、お…

田中昭全
1年前
3

優雅な挨拶(4)

 ぼくの勤務先である町の図書館までは、自転車で10分くらいかかる。家賃を安く上げるために、町の中心部ではなくすこし外れの家に下宿させてもらっている。ただ、すぐ近所…

田中昭全
1年前
2

優雅な挨拶(3)

 青年とはしばらく一緒に過ごして、別れた。同じ町に住んでいること以外、大した自己紹介はなかった。ただ、自然の中で過ごすのはすきらしい。またここに来ても良いかと訊…

田中昭全
1年前
3

優雅な挨拶(2)

 透明な水が日射しを受けてきらめいている。出水がすぐ近くにあり、山の伏流水が大量に流れ込んでいるらしい。森の中を流れる小川に、ぼくは素足をひたして物思いにふけっ…

田中昭全
1年前
3

優雅な挨拶 (1)

 春もそろそろと終わる頃、ぼくは近所の川べりを歩いていた。暖かいを通り越して、すこし暑い。じわりと汗ばんでいる。白いカッターシャツのいちばん上のボタンをとめて家…

田中昭全
1年前
13
詩集「優雅な挨拶」 v<身体の歩行>+目次+奥付 野口儀道

詩集「優雅な挨拶」 v<身体の歩行>+目次+奥付 野口儀道

<身体の歩行>



「身体の歩行」

重なり合つた女の顔がゆれてる
絶望の瑠璃色の天気の日
身体の歩行やダイビングについて語らう。
赤い旗がひるがへる海辺。
犠牲者を持つ風土を超えよう。
感情や興奮の上で放尿する僕。

あらゆる地面の上にバラを
僕の手のひらの上にバラを

僕等は野原で風のやうに泣いてゐる。
詩といふもの
空でざはめいてゐる星達
きらめく水脈(ミオ)をつくつて僕等は流れよう。

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詩集「優雅な挨拶」 iv<五月> 野口儀道

詩集「優雅な挨拶」 iv<五月> 野口儀道

<五月>



「僕の土」

そんな国で
何が僕を待つてゐるのだらう。
硝子の中にゐる蛇。
僕は僕のつかんだものだけをばらまかう。
薄い板一枚。
僕は生きてゐるのだらうか。

小さい僕の心臓を投げにゆかう。
放埒な僕の心。
みづみづしい新芽と新芽の間に花火を置く。
しかも口火は僕から離れない。
柔らかい僕の皮膚の
裂を聞かう
僕の手足がこなごなになるのを見よう。

崖から崖へ渡る大きな僕の足。

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詩集「優雅な挨拶」 iii<思考> 野口儀道

詩集「優雅な挨拶」 iii<思考> 野口儀道

<思考>



「亀裂」

こんな丘辺に座って
何を僕等は考へてゐるのだらう。

ほのぐらい金や緑の陰影の中で
何時の間に僕等のお祭は流れていつてしまつたのか。

野原はむかしのやうに明るく
雲はむかしのやうに白い

瞳と瞳と向け合つて
向け合つた暗い瞳と瞳の間で
抱き合つた肩と肩との間で
何といふ黒くわだかまつた不安なのだらう。

静かに草原をよぎつて
森といふ森
街といふ街に
涙のやうにとも

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詩集「優雅な挨拶」 ii<阿呆> 野口儀道

詩集「優雅な挨拶」 ii<阿呆> 野口儀道

<阿呆>



「絶望」

くだらなさ。
軽蔑や破壊を前にして
置き忘れられたやうな悲しみが
流れ落ちてゆく
うしろもみずに。

海のやうに拡がつてゆく俺。
絶望の眩しいやうな光の中で
針の先のやうにとがつた悔恨を残して。



「落下」

愚にもつかない悲しみと悲しみ

金貨と汚泥のむごたらしい海に浮んで

俺達の目

俺は静かに
何処へ下りてゆかう。



「いたみ」

放埒な心
新芽と

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詩集「優雅な挨拶」 i<序><優雅な挨拶> 野口儀道

詩集「優雅な挨拶」 i<序><優雅な挨拶> 野口儀道

<序>

これは著者の第1詩集である。
詩稿は2601年2月から2601年6月に至る期間に書かれたもののみである。
これ等の詩について
これ等の詩が語る青春と美と力と悲哀について
或はその脈拍と狂気について
もう僕が語る必要はない。
やがて
詩自らが
詩自らを語ってくれるであらう。
時間は来てゐる。



<優雅な挨拶>



「優雅な挨拶」

あゝ
間違へないでくれ
俺は芸術家でも何でもない

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[戯曲] とあるペントハウスの一夜

[戯曲] とあるペントハウスの一夜

高級だけど、ちょっと古くさいしつらえのマンション最上階にあるペントハウス。
無駄に広い洗面台の鏡をのぞく中年男性。
つけっぱなしのテレビからワイドショーの音声が流れている。

[テレビ]
東京ギャルソンの片岡俊が芸能界からの引退を発表しました。彼は1996年に芸能事務所トワイライトから、6人組アイドルグループ・東京ギャルソンのメンバーとしてデビュー。同年発表した「サテライト2000」がミリオンセー

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[短編小説] 美しい本同好会

[短編小説] 美しい本同好会

 ぼくの乗った路面電車が、雨の街を走り抜けていく。冷たい雨粒が容赦なく車窓を打ちつけている。ぼくは傘を持って出なかったことを、すこし後悔していた。
 友人との待ち合わせは喫茶店。商店街にあるから、路面電車から下りてまっすぐアーケードに入ればそんなに濡れることはないだろう。しかし、バッグの選択を間違えた。開口部がしっかり閉じられるものを選ぶべきだったのに、簡易的な麻布のバッグで来てしまった。
 街の

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優雅な挨拶(7)

 正直ぼくには、恋が何たるか分からない。これまで出会った女性には、大した感情を抱かなかった。だから、真っ直ぐに恋をしている幸助がうらやましい。我を忘れるほどの愛慕に溺れる感覚。そんなものを体験することがこの先ぼくにもあるのだろうか。
 出勤の道中、昨夜の出来事をぼんやりと思い出しながら、自転車を漕いでいた。ふと、あの青年のことをふいに思い出した。三ツ矢誠一くん。彼も誰かに恋をしたりするのであろうか

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「秋思」河田誠一

「秋思」河田誠一

 山の色が紫がかって紺碧の空と区切り、秋の模様を彩ると、秋草の上に白い風が流れて地上の万物を浸し、海草のやうになびく杜の灌木材のほとりの小堀などには、もう小魚たちが冷い音をたてながら、水面の昼の月を喰べてゐるに違ひない。その頃私の心は澄み、かじかんだ憂欝さへわくのに、一しんに頭上を白い雲が走り、ほろ苦い陶酔のさなかに、私は蛙のやうにぽつねんと空を見あげかすかなため息をさへつく。
 私は、たつた二と

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「故郷平石に遊ぶ。」河田誠一

「故郷平石に遊ぶ。」河田誠一

一、町汀曲浦海青く、山緑なる仁尾の郷、
  稲田は深く耕され、塩田は遠く拡がりて、
  勢充てり誰が家も。
二、沖つ波間の平石を、堅き心の友として
  老も若きもなりはひに、いそしみ交わし睦じく、
  暮すも楽しこの里に。
三、並ぶ鶴島亀島の、松より松に吹く風も、
  千代万代声あげて、我が浦里の海幸を
  今日も祝ふか燧灘。
三方山に囲まれ一方海に面した仁尾の町には平和な町歌が、夢の様に先輩の師

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優雅な挨拶(6)

 夕方の鐘が鳴る。図書館にひと気がなくなると、図書カードに押す判子一式をカウンターの抽斗にしまう。読書席で出しっぱなしになっている椅子は机の下に収める。窓を閉め、鍵を片っ端からかけていく。電灯のスイッチを切る。忘れものや落としもの、器物の破損など、何か変わったことがあれば事務室の上司や同僚に報告をして、帰路に就く。
 まっすぐ帰ることもあれば、途中で買いものをすることもある。八百屋で少しばかり野菜

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優雅な挨拶(5)

 図書館の隣には、芝生の広場がある。市役所の時計台に付いている正午の鐘が鳴ると、そこいらの会社の人たちがめいめい昼食を手にやって来る。
 ぼくは節約のために、おにぎりとちょっとしたおかずを作って持って来ている。稼いだお金は出来るだけ貯めたい。それを元手にいつか、私家版の詩集を出版したいと考えている。
 図書館の同僚とは付かず離れずの関係性がちょうど良い。趣味で詩を作っていることを話してあるので、ぼ

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優雅な挨拶(4)

 ぼくの勤務先である町の図書館までは、自転車で10分くらいかかる。家賃を安く上げるために、町の中心部ではなくすこし外れの家に下宿させてもらっている。ただ、すぐ近所には銭湯もあるし、簡易郵便局もあるし、大衆食堂すらある。何の不自由もない。
 むしろ、季節の移り変わりを日々感じたいと考えるなら、この道程はとても良い。桜並木のある川沿いの道をゆるやかに下る。河原には四季の花が咲き乱れている。石畳の目抜き

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優雅な挨拶(3)

 青年とはしばらく一緒に過ごして、別れた。同じ町に住んでいること以外、大した自己紹介はなかった。ただ、自然の中で過ごすのはすきらしい。またここに来ても良いかと訊かれた。別にぼくの所有地というわけじゃないからご自由にと言った。青年はやわらかな表情で応えると、じゃあまたここで会いましょうと言って森を去った。
 帰りの道すがら、ぼくは今日の出来事を何度も反芻していた。濡れたズボンも、いつの間にか乾いてい

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優雅な挨拶(2)

 透明な水が日射しを受けてきらめいている。出水がすぐ近くにあり、山の伏流水が大量に流れ込んでいるらしい。森の中を流れる小川に、ぼくは素足をひたして物思いにふけっていた。
 どれくらいそうしていただろうか。手帳には頭に浮かんだいくつかの言葉を書きつけていた。
「こんにちは。」
 まさかこんな場所で他人と遭うなんて思いもしなかった。ぼくは狼狽えた。見ると同い年くらいの青年がいつの間にかこちらを窺ってい

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優雅な挨拶 (1)

 春もそろそろと終わる頃、ぼくは近所の川べりを歩いていた。暖かいを通り越して、すこし暑い。じわりと汗ばんでいる。白いカッターシャツのいちばん上のボタンをとめて家を出たけど、さすがに外した。途端、さわやかな風が入ってくる。
 片手には最近下ろしたばかりの手帳。表紙の革が、まだ手のひらになじんでいない。紺色の万年筆はシャツのポケットに。こちらはもう長く使っている。
 自作の詩を書き込む手帳も、これで1

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