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詩集「優雅な挨拶」 v<身体の歩行>+目次+奥付 野口儀道

<身体の歩行>





「身体の歩行」


重なり合つた女の顔がゆれてる
絶望の瑠璃色の天気の日
身体の歩行やダイビングについて語らう。
赤い旗がひるがへる海辺。
犠牲者を持つ風土を超えよう。
感情や興奮の上で放尿する僕。

あらゆる地面の上にバラを
僕の手のひらの上にバラを

僕等は野原で風のやうに泣いてゐる。
詩といふもの
空でざはめいてゐる星達
きらめく水脈(ミオ)をつくつて僕等は流れよう。





「建築術」


おゝ
上昇。
おゝ
建築。
僕の構築
跳躍する城壁。
製作の看板をかゝげよう。
輝かしさの中で僕はねない。
泥の中で僕はのぼらない。
僕は叫ばない
僕は書く。
お寺のてつぺんにとまつてゐる鳩を。
硝子管を
ヒユーム管を
アルミニユームを
試験紙を
起重機の重さ
電車
ジグザグ
ジヤケツ
赤いネクタイ
鋼の輪
着物
僕は帯をしめた女の子と海浜を行く。
玻璃器を壊さう。
空でとんでゆく足。

掴まへよう
土と空。
投げよう
生命と僕。
白い水と香。
散らばつてゆく髪の毛と女。
輝いてゐる空のむかうで輝いてゐる菜の花。
ストツキング。
大きな看板と僕。
僕はゐない。
白い海水着と僕。
僕は泳いでゐる。





「手品」


植物は静かに発芽し
影ををとして
俺の架空のオペラがすぎて行つた。

きらめいてゐる雑踏の中にまじつて
俺は自分の影を失はふとする。
俺は夜店の手品師の前にたたずむ。

残つた最後の金を払つて手品を求めよう。
すると
何といふこのいつはりなのか----------

笑ふまい
すべての事を。

俺が誇つた嘗(カ)つての敏捷さ。
糸は細いのだ。
俺は新しい物語りに取り掛らう。





「奇妙な詩(ウタ)」


運がない男。
何んにもしたくない俺
みんな
構はないでくれ。
典型的な不良児。
俺は奇妙な詩(ウタ)の詩(ウタ)い手。
白昼
真昼間からねそべつて
切り立つたやうな生命の傾斜や
せいめいの設計について語る男。
感情の昇華と白い布。
或は
なんでもないもの。
遠い街と俺。
赤い旗。
俺は街道の歩行者ではない。





「街道」


投げ出した足の爪先に
涯しない街道がつながる。

うなつてゐる蜂と蝶
名も知らぬ毛むしと雑草達。

俺は俺の衰弱の形式について考へる。
小さな袋を背負つて
奇妙な笑を笑ふと
何といふ俺の悲しさなのだらう。
高い空に鳥がとび
乾いた泥土の上で
色とりどりの道化師が踊る。
俺はハダシで南フランスの明るい野をゆかう。

すると
真夏の日の氷のやうな間道で
遠い街が燃え

あらゆる放棄のむかうで
いらかを並べた壮麗な建築が
俺の瞳をやきに来た。





「倦怠」


日光の中で
俺の手が悲しい
俺はアブサンのやうに泣きたくなる。
青葉の中で目にしみる俺の悲しさ
野を渡つて遠く
俺は又帰ってくるのだらうか。
舞踏するセンチメンタル
日傘をさした踊り子
白粉と紅
永遠の回帰と悲しみ。
今日は暗い
又あしたの旅にまで
お前は再び出掛けてゆくのだらうか。





「道程」


雑草の真中で俺は夢をみた。
ところ構はず俺はねころんだ。
砂埃をあびたまゝ俺はねた。
俺の目が野犬のやうにとがつて行つた。
泥土の壺を抱いて
俺には行くあてさへわからなかつた。
芸術なんて
恐ろしいものだつた。
ピカピカ光る服を着た機械技術者達がねたましかつた。
ほころびた
膝と肘とに穴があいた
黒い木綿の服を着て
俺は目ばかりぎよろつかせた
窒息するやうな叫びと叫びの間で
けたたましい俺の存在を垣間見ようとした。
そして
俺は風のやうに来た。

牙は流れ
小川に小さな花が咲き
うねくるやうな夏雲が湧いた。
乾いた野をたどつて
俺は蟻のやうにはつた。
わけのわからない言葉が口の中でわめき
俺は名も知らない花をむしつて
きらめいてゐるあせの中に沈んだ
泥濘と混乱の中で
冷めたいものが走つてゆき
俺は終に救はれない俺自身を知つてゐた。

カラカラに干上つてしまつた乾草の上で喉を張り上げ
俺は地獄でも極楽でもない
うたをうたつた。
青いカナリヤが来た。
地面がなき雀が歌つた。

俺は俺の最大の智性と最大の野卑さとを以つて完成した
この野方途もない運河の中に泳いで
俺の敗北と成功への歴史を並べ
生み立ての卵のやうに新鮮だつた魂の事を思つた。





<目次>


優雅な挨拶

 優雅な挨拶
 苑
 春
 転倒
 球内の逃亡


阿呆

 絶望
 落下
 いたみ
 咳
 水浴
 衰弱
 悲しみ
 阿呆


思考

 亀裂
 春
 思考
 覆滅
 朝
 詩
 海
 馬鹿な又は不要な置手紙


五月

 僕の土
 五月
 旅
 花
 墓地
 行進
 野


身体の歩行

 身体の歩行
 建築術
 手品
 奇妙な詩
 街道
 倦怠
 道程





<奥付>


昭和十六年十二月二十日印刷
昭和十七年一月五日発行
定価金二円

著作兼発行者
東京市本郷区湯島三組町五一吉田方
野口儀道

印刷人
山形県谷地町乙五十四番地
植松一郎

印刷所
山形県谷地町乙五十四番地
昭報社印刷所
電話一〇一番


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