優雅な挨拶(3)

 青年とはしばらく一緒に過ごして、別れた。同じ町に住んでいること以外、大した自己紹介はなかった。ただ、自然の中で過ごすのはすきらしい。またここに来ても良いかと訊かれた。別にぼくの所有地というわけじゃないからご自由にと言った。青年はやわらかな表情で応えると、じゃあまたここで会いましょうと言って森を去った。
 帰りの道すがら、ぼくは今日の出来事を何度も反芻していた。濡れたズボンも、いつの間にか乾いていた。
 夕焼けに染まる古書店に寄って、何か目ぼしい詩集がないか物色したが、なぜか集中できないままお店を後にした。下宿に戻ると、言葉が後から後から湧いてくる。それは手帳にも収まり切らない。引き出しの中にしまってあった大判のノートに、いくつもの詩篇を書きつけた。
 就寝する直前にふと、あの青年は詩のミューズなのではないかしらという思いが脳裏を掠めた。いや、彼は男だし。詩には興味なさそうだし。そんなたわいもないことを考えていたら、いつの間にかぐっすりと眠っていた。

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