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詩集「優雅な挨拶」 iv<五月> 野口儀道

<五月>





「僕の土」


そんな国で
何が僕を待つてゐるのだらう。
硝子の中にゐる蛇。
僕は僕のつかんだものだけをばらまかう。
薄い板一枚。
僕は生きてゐるのだらうか。

小さい僕の心臓を投げにゆかう。
放埒な僕の心。
みづみづしい新芽と新芽の間に花火を置く。
しかも口火は僕から離れない。
柔らかい僕の皮膚の
裂を聞かう
僕の手足がこなごなになるのを見よう。

崖から崖へ渡る大きな僕の足。
命をかけてふるへる手。

靴を磨う
ひげをそらう
白いワイシヤツと
奇麗な背広で
清潔な街道の明るい天気の朝
明るい僕のネクタイをひるがへさう。

ころがる野望。
絶望が湧く風土にはねまい。
氷と雪の国。
オートバイに
かも鹿に
飛行機に乗らう。

そして
貧血するやうな高原で
敗残者へのあらゆる僕の羨望と未練を投げ
高い雲のやうに
最大の勝利者の円光を思はう。
おゝ
血と涙。
僕の埋没。
僕の土。
僕を一番くだらないものにしようとする僕。





「五月」


そそりたつアクロポリスの群像。

僕は白色の頬をして
さつきから紅色の口べにを探してゐるのだが。

降つて来る花びら
淡い色のはんらんの中で。

三階建の窓
ビルデイング。
黒い自動車がやつて来る
僕を乗せに。

いちごの新鮮さに
僕は身を投げよう。

雲が流れる
月が出る
昼の月。
明るい気候
一輪の花びらの中で
気が遠くなる僕。





「花」


花と涙と女と海と笑。
くゆる支那墨の香り。
僕は青春の痴笑と迷夢と狂態について物語らう。
らん怠の真ん中でくねらせる僕の裸体。
アブサンの激しい香の中で花は目覚める。

女達は空のやうな瞳を浮べて
花のやうな笑をなげ
よろめく足をふみしめ
僕等は渡る花の吊橋。

こんな白い流れを流れ
ならさう
薔薇の鐘。
僕等の目の
遠い日の記憶のやうに
投げよう
僕等の生命。





「墓地」


共同墓地。
雑草。
花をゆすらう
高く。
涙ふらう
僕等の空で。
車ひかう
船浮べよう
僕等の庭で。

笑は湧くが
涙は知らない。
永遠の狂気と脱走の荒野で
日輪と
よもぎのやうな頭と
傷だらけの四肢や
狼のやうな瞳を投げよう。

剃刀を並べた白い痴放の海に浮いて
柔い僕等の肉体の皮膚を切らう。

水は流れ
音はゆき
嚙つて捨てた林檎の実に黄色い蝶が来る。
乱酔について僕は語つてゐるのだらうか。

昨日がなく
明日がなく
今日がない古いお城で
僕は笛を吹く。
白い池で泳ぎ
色とりどりのパラソルが並んだ海浜を散歩する。

夜が来たら
うねくる裸体や
闇が浮いてゐる海で僕等は眠り

やがて
風や空
ふるえる肢体の上にコツプをくだいて
僕等は清純な朝を抱く。





「行進」


俺はそんな季節を笑つたが
薊(アザミ)の花や毒きのこ
青い葉つぱのかげで
俺はいたみつけられた。

やせてとがつた背中で
眠くなる俺自身をかついで歩いた俺。

広い砂漠
灰色の空
うつけのやうな影。
仏蘭西人形と花。
俺と俺の恋人。

俺の願ひがニグロの瞳のやうに青く衰弱すると
バラの花が咲く----------俺の知らない所で----------笛を吹く男がゐる。

俺は長い穂先がついた槍をかついで
凱旋将軍のやうに出てゆく。

あゝ
俺の行進。
道端には血潮がまみれ
笑は空気の中で溢れねばなるまい。

そして俺の行進。
太陽と一緒にそれは砂と泥の中に光のやうに埋れねばなるまい。

高い雲
あゝ
俺のあへぎを泣くまい。





「野」


笑が流れる
遠くで
僕はお昼の号報(ドン)を何処できいたかしら。
頽廃や野望について語るには日が高すぎる。
僕はねころんで白い葉つぱの茎をかむ。

明るい僕の午後の菜園。
雑草許りが繁つてゐて
タンポポの花の間で
小さな空がゆれてゐる。

つゝましやかに白い雲に乗つて
流れてゆく僕は若い旅人。

さあ鈴をふらう
金の鈴
雲が来なければ僕はねてゐよう。

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