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小説「優雅な挨拶」

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昭和初期に生きた詩人の物語。
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記事一覧

優雅な挨拶(7)

 正直ぼくには、恋が何たるか分からない。これまで出会った女性には、大した感情を抱かなかっ…

田中昭全
10か月前
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優雅な挨拶(6)

 夕方の鐘が鳴る。図書館にひと気がなくなると、図書カードに押す判子一式をカウンターの抽斗…

田中昭全
1年前
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優雅な挨拶(5)

 図書館の隣には、芝生の広場がある。市役所の時計台に付いている正午の鐘が鳴ると、そこいら…

田中昭全
1年前
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優雅な挨拶(4)

 ぼくの勤務先である町の図書館までは、自転車で10分くらいかかる。家賃を安く上げるために、…

田中昭全
1年前
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優雅な挨拶(3)

 青年とはしばらく一緒に過ごして、別れた。同じ町に住んでいること以外、大した自己紹介はな…

田中昭全
1年前
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優雅な挨拶(2)

 透明な水が日射しを受けてきらめいている。出水がすぐ近くにあり、山の伏流水が大量に流れ込…

田中昭全
1年前
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優雅な挨拶 (1)

 春もそろそろと終わる頃、ぼくは近所の川べりを歩いていた。暖かいを通り越して、すこし暑い。じわりと汗ばんでいる。白いカッターシャツのいちばん上のボタンをとめて家を出たけど、さすがに外した。途端、さわやかな風が入ってくる。  片手には最近下ろしたばかりの手帳。表紙の革が、まだ手のひらになじんでいない。紺色の万年筆はシャツのポケットに。こちらはもう長く使っている。  自作の詩を書き込む手帳も、これで19冊目を数える。最初の頃は、失敗作も多かった。取るに足らない作品が出来たと思った