優雅な挨拶(4)

 ぼくの勤務先である町の図書館までは、自転車で10分くらいかかる。家賃を安く上げるために、町の中心部ではなくすこし外れの家に下宿させてもらっている。ただ、すぐ近所には銭湯もあるし、簡易郵便局もあるし、大衆食堂すらある。何の不自由もない。
 むしろ、季節の移り変わりを日々感じたいと考えるなら、この道程はとても良い。桜並木のある川沿いの道をゆるやかに下る。河原には四季の花が咲き乱れている。石畳の目抜き通りにはポプラや銀杏の並木。芝生広場や薔薇園のある大きめの公園が町のど真ん中にあって、たくさんの人が思い思いに憩う。図書館は、その公園の一角にある。
 地方にあっては大きな方じゃないかしら。バックヤードには大きめの書庫があり、ぼくですら目にしたことのない稀少本がたくさん収蔵されている。
 司書という職業について、多くの人が誤解をしている。ただ、貸し出しの手続きをしているだけと思うなら、それはあまりにも失礼だ。新しく収蔵する本は毎日20冊くらいあって、本の分類や系統の整理や収蔵印の捺印やシリアルナンバーの振り分け、ラベルのシール貼りは地味にめんどくさい。子細には読まないまでも、一通り目を通してある程度の内容は把握しておかなければならない。本を探している人に訊ねられた時、すぐ思い当たるように。
 おかげで、速読する技術がいつの間にか身についた。その反動もあってか、必要最低限の言葉で複雑な感情や情景を喚起させる詩の世界は、より深いものだと思えるようになった。
「草介くん、今日の新刊本を頼む。」
 古屋草介がぼくの名前。気がつくと、図書館の館長が大きな箱を持って立っていた。
「今日はまた、多いですね。50冊くらいあります?」
「地元の企業家が寄贈してくれたものだよ。古いのは明治時代のものまで混ざっている。」
 ちらっと見て、ぼろぼろの和綴本はなかったのですこし安心した。館長から箱ごと受け取って、ぼくは早速分類を開始した。
「草介くんは、詩を書くそうだね。」
誰から聞いたのか、館長が急にそう訊ねてきたのでぼくは手を止めた。 
「はい、下手の横ずきなんですが。」
正直、上司には知られたくなかったのだけど、同僚の誰かが口を滑らせたのだろう。
「今度、我が図書館で、ちょっとした新聞を作ろうかと思っているのだが、投稿詩の選定と講評を頼めないかね。」 
 まさかの提案に、ぼくは心が踊った。
「わたしで良ければ!」
 館長はよろしく頼むよと言って、館長室に戻って行った。

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