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詩集「優雅な挨拶」 i<序><優雅な挨拶> 野口儀道

<序>


これは著者の第1詩集である。
詩稿は2601年2月から2601年6月に至る期間に書かれたもののみである。
これ等の詩について
これ等の詩が語る青春と美と力と悲哀について
或はその脈拍と狂気について
もう僕が語る必要はない。
やがて
詩自らが
詩自らを語ってくれるであらう。
時間は来てゐる。





<優雅な挨拶>





「優雅な挨拶」


あゝ
間違へないでくれ
俺は芸術家でも何でもない
おゝ美よ永遠よ純粋よ----------
糞食へ。
俺はそんなものを知りはしない。
切りたつた崖から崖へ渡る
狼のやうな俺は人種なのだ。
馬鹿げ切つた野方途もない俺の性(サガ)

奇怪な街の辻々や
遠い街道で
ビスケツト一つで俺は生きてきた。
巨大な魔物のやうな幻想から幻想へ
疾風(ハヤテ)のやうに飛掛り
金剛石を
鉄塊を
砂利を
あらゆる貴金属を
宝石類を食ひ暴した。


俺は今
絶望のやうに考へる。
俺がこの地上に最初の聖なる灯火を
輝かん許りの生命の栄耀を
持ち来たすのは何日なのか。
あゝ
引火した石炭倉庫のやうな俺の心の激しい熱度と火のやうな眩惑よ。
すべての泥土は赤と黒とに変光し
雨と降る塵と芥の火焔のやうな閃きの中で俺はみる
血のような涙の泉から涯もない縁の荒野の新しい誕生と
素裸体の人間達の歓喜にふるへる生活の祭典を。


あゝ
貴様巨大な像よ
ぐうたらなマンモスよ
ありとあらゆる言葉の詐欺と錬金術と金剛石の心と氷河と水晶となだれと凝結した空と
華のやうな俺の心よ。
蒼白な額の上で
あゝ愛よ誇よ純粋よ----------とわめいてみたところで
おゝこのくたばり損ひ奴。
今更何になる。
何といふ俺の阿呆さ加減なのか。


さあ俺よりまだ馬鹿な野蛮人達
必死に白色のバリゲードにかかれ
しつらへた三百五十の銃眼を一斉に押開け。
今こそ貴様達の最大の慈悲のみせ所なのだ。
刃のやうな絶壁から絶壁へ渡る
最上のエピキユリアンであるこの俺の
狼のやうに衰へ切つた生命を狙へ


動員された三万五千の軍団と
バラのやうに清潔な香に充ちた機関銃と
おゝ畜生
炸裂だ。
集中された砲火だ。
火をふく機銃。
遠雷よ。
銃声よ。
爆発よ。
ひよろめく俺の姿。
飛立つ小鳩。
閃光。
クライマツクス。
軍楽隊のアレゲロ。


あゝ
貧血した貴様達の科学よ
芸術よ
青春よくたばれ----------さらば。





「苑」


白い朝日が射す丘で
太陽のやうに心楽しい。

貧困
恥辱
無名
そんな哀れな額縁にふちどられても
僕の青春はあふれでる春の泉の野望故に
崩れ落ちる懸崖の上で
遠いコバルト色の空へ投射する危険信号のやうに美しい。

むせぶやうに切ない生命の憧憬に
無我夢中に帆船のともづなとき
太陽の住む黄金の海目指して試みる
傍若無人な航海や
情容赦ない破船の鋭い運命や

あゝ
昼も夜もない暗黒の部屋の中で
黒光る金剛石を床にばらまき
引きちぎつた雛共のきららかな羽毛をひきづり
悔悟の涙や
随喜の笑(エミ)や
凶暴な発作の
気狂ひの
嵐のやうな転調の中で
衰えきつた僕の瞳は世にも哀しい影から影へ
冷たく奇怪な自画像をみつめ続けるのだ。
朱に金に紫
類稀なる宝石のやうに輝く僕の生命
みがきみがいてはすりつぶし
狼のやうに僕はやつれていつたのだ。
おゝ
こんな恥愚。
そんな馬鹿さ

この身は遠く離れた白い島
ただ一人の友もなしに。
あゝこんな幸福を誰が夢見た事があるのか。
ぶよぶよした生肉のカーテンに飾られた鈍い象牙の輝きと金魚の尾鰭
生命をかけた倦怠の吐息の中で熱帯魚の僕が漂ふのだ。

驃敢な槍騎兵の銃や
アメリカインデアンの朱色の旗がよく似合ふ
若々しい僕の肉体よ。
血や塵や芥にまみれても
機関銃のやうに正確に
敏捷に
煙硝臭い危険さを誇るのだ。

茫々たる揚子江のいぶし銀の光の中に
赤銅色の肩をさらし
鋼のやうな眼瞼を開いては
南支那海の紺碧の空にまで
掠奪と暴行と恐怖の星をともした
八幡船の海賊共が
優しい僕の祖先なのだ。

集点と発射の最短距離。
銀色のピストルを握る射手の瞳よ。
新芽のやうな頽廃と
うす青い腐蝕について
この若い採園手は
つば広のヘルメツトを目深にかぶり
むせぶやうな青葉の影で
生命の事を思ふのだ。





「春」


まるい林檎の赤い輝きの中から
僕の青春がころげでる。
カツコウがなく森で
僕の生活は毎日がお祭なのだ。
にほやかな僕の額の上に
しらじらと押された地獄行の烙印のために。

あゝ
黄金色の朝。
なげ出した僕の生命の幻覚と
若々しい僕の肉体の血潮について物語らう

かぐはしい緑の街道を一散に駈けてゆく
白馬のやうな時の流れは
うるはしい僕の人生のオードブルなのだ。

さあ
出発だ。
前進だ。
新しい花と
新しい地獄と
新しい苦悩とのために。

旅券はもう買つてある。
黒い汽車に乗り込まう。
僕は生命の事だけを知つてゐる。





「転倒」


うち渡した白銀の糸より細い線條の上で
僕がやつてみせるのは
命をかけた綱渡り。
御見物衆
拍手はいらない
この私めに。

遠い海原から海原にかけて
真青い水脈(ミオ)を残して航海するこの僕は
純白の快走船のやうに力にみちて幸福なのだ。

ふみにぢられた恋や
黄金色した美しい飢餓や
悲しい友人達の裏切りや

あゝ
エメラルドのやうな蒼穹に
寥々と響いてくる足音は
おゝ
青硝子のやうな情熱をくゆらすジプシーの群の到着。

おゝ
この僕よ。
行先も知らない若い自転車乗りのやうに
軽快にペダルを踏み続ける。
白い入道雲が顔を出す午後の草原の乳白色の空の涯までも。

あゝ
こんな蒼白な期待の中で
激しい眩暈と息切れと
金属のやうな悪感(オカン)に倒れ伏す僕の額の上では
恐らく蓮の花も開きはすまい。

あゝ
おぞましく硬化してゆく僕の肉体よ。
しなやかな若い牡鹿のやうな身体をつつむ褐色の土くれよ。

煙のやうな腐敗と悪臭と絶望と

あゝ
火焔のやうな瞳をとぢても
僕はこんな所で死にはしない。





「球内の逃亡」


昨日去つて行つた恋人の足音が
水面にかすかな水輪(ミナワ)となる
僕は待つてゐる----------誰を。
そつと
池の面を覗き込んで----------
僕は待つてゐない
誰も。

僕は帰らう
僕の牧場に
限りない孤独地獄に僕は戻らう。
憤りと憎しみの炎をもやして
僕は僕の存在を焚う。
僕はもうよく知つてゐる
僕の悲しみも
僕の怒りも
とても愚ろかしい事を。
絶望の鋭い歯がみの中から
朗らかな楽天家が生れでる。
あゝ
僕は何にも知らない。
さあ
みんなで嘘つかう
こ奴を
あ奴を
この僕を。
馬鹿馬鹿しく生きてゆかう。

日が上つたら
お早うといひ
日が落ちたら
おやすみなさいといはう。
亜鉛も酒も毒物も
死んでゐる地球にはみな揃つてゐる

目が覚めたら
緑の若木を讃えよう。
冷い泉に浸って
美しい水滴を水晶のやうにはねとばし
金色(コンジキ)の男のやうに花園の中を駈けめぐらう

そんな時
うす汚いお前の恋人が現れよう。
浅間しいお前の額が水に映らう

おゝ
天国よ
地獄よ
美と醜と汚濁と清澄と
馬鹿馬鹿しい僕の心の煩悶よ。
愚にもつかない願望よ。

若々しい駿馬のやうに駈けてゆけ
おまへの天国へ
おまへの地獄へ。

錯乱した片目の男の
血走つた一眼に投影する無気味な風景の点綴(テンテツ)

大砲だ。
大砲だ。
あの山をうて
この山をうて

僕は逃げる。
大きな岩と岩との隙間をよぢる
緑の野原を一散に駈ける
大きな河を泳ぎ越す。

けど涯しがない。
銃口はいつも背中にある。
疲れ切つた
滑稽な僕のへつぴり腰だ。
ホラ早く狙へ
早く射て
お願ひだ
僕が歩ける中に
早く
早く
早く

うたないのか。
そうか
僕は天子だ。
僕は歩いてゆく。

最後まで
歩けるか
歩けないか
僕が知つた事じやない。




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