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僕には何もできないのだろうか。〜父と母と僕の家族のカタチ〜

最近、僕の家庭では喧嘩が増えた。

昔から喧嘩はする方だったが、歳を重ねるにつれ喧嘩がだんだんリアルになっていくのである。

喧嘩を見ている時、子供は悲しい気持ちになる。


喧嘩を止めたくて、止めたくて。


子供の頃、喧嘩をしている両親の真ん中で泣きながら喧嘩を止めていた記憶が蘇る。

でも、僕はもうあの頃のように泣きながら喧嘩を止めるような年齢ではない。

ただ喧嘩をしている姿を見て、少し不機嫌になり、どうやったら喧嘩が収まるのかを理解しようとする。


だけど、理解しようとすればするほど...

苦しくて、辛くて、悲しくて。


どうして歳を重ねるにつれて、愛は当たり前になり、過去に培った記憶は霞んでいくのだろう。。


もちろんいつまでも仲の良い夫婦たちはいくらでもいる。僕はそうなりたいと思うし、いつまでも仲の良い夫婦を目指したいという人がほとんどだと思う。


でも僕の周りで、両親がいつまでも仲の良い家庭はそこまで多くない。

僕の周りでは結構な人数の同級生たちの両親が

シェアハウスのメンバーのような関係性だと、心の中で思っていることを知った。


歳をとるにつれて、子供という共通言語を失った夫婦は、どのようにして家庭を存続していくのだろうか。


知識がつけばつくほど、両親の生き方を尊重したいし、その結果が離れることになったとしても、僕は子供としてそれを尊重しなくてはいけないのだろうか。


でも僕は、それでも僕は。


両親が大好きだ。


2人ともそばにいて欲しいのだ。


両親がいなくなって、離れてしまって、嬉しい子供はなかなかいない。そんなことを望んでいるわけではない。


なぜなら子供は親が大好きだから。あなたたちが好きだから。ずっとずっと一緒にいたいから...


アメリカの離婚率がどうとか、日本の夫婦の3分の1が離婚しているとか、データはよくわからないが、子供にとっては両親は1人ずつしかいない。僕にとっての両親は父親と母親だ。


家族には多様性があるのはわかっている。いろんな多様性があって、これからたくさんの選択肢があって、それが両親にも適用されることはわかっている。


だけどそれでも僕はいいたい。


笑顔で死ぬまで一緒にいたい。


笑って笑っておなかがよじれて、しわのすべてが家族のおかげであるかのように毎日を笑って過ごしたい。


そう思う、僕は、傲慢なんだろうか。



親の不仲で悩む子供たちへ

悩んでるのはあなただけじゃない。

あなたがもし悩んでいるのだとしたら、

僕が味方になる。


だって、親の不幸を嘆かない子どもなんて

いないのだから。


森本瑛

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