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夜をコーヒーで洗い流して。

※この物語はフィクションです。

ぼくはあの時洗い流した星を
まだ見ようとしている。
周りには何もなくて
ぼくを照らしてくるあかりもなくて
空の星は輝いている。
それでもぼくは
ただじっと暗闇に手を伸ばすのだった。

「あきら!まだ準備できてねえのかよ、もういくぞ。」
「ごめんごめん、朝からトイレが長引いてさ。」

今日は友達のたかしと、待望のキャンプに行く日だ。僕とたかしはかれこれ2年間くらいキャンプの話をしては、いつかやれたらいいなと、日常の忙しさを理由に後回しにしていた。

Youtubeで念入りに調べたキャンプ道具を車に乗せ、たかしが借りたレンタカーに乗ってキャンプ場に繰り出す。

「最近の仕事どうよ」
「いやあ、まあまあかな」
「まあまあってなんだよ。仕事の内容とか聞いてんの」
「相変わらず足ばっか使って営業回りしてるよ。最近やっとこの仕事も慣れてきてさ、いや、最初は辛かったけど...」

止まらなくなったたかしの話を耳半分くらいで聞き流す。たかしは、話し出したら止まらない。

僕はいつも聞く役で、だけど、こいつとの会話は苦ではない。悪気もなく気持ちいいくらいに話すもんだから、聞く方もかえって気持ちがいいもんだ。

たかしは大学生の時からデザイナーになりたいと言い出し、広告代理店でデザイナー職を目指している社会人3年目だ。公務員の僕とは比べものにならないくらい毎日が忙しそうで、表情がいつも充実しているのだった。

僕も大学生の頃、夢とかあったな。
いつかの洗い流した記憶が、ふと蘇った。

・・・

高校生の頃のぼくの夢は「小説家になること」だった。

村上春樹さんに憧れて、僕も世界のAKIRAになるんだって意気込んでた。

でもそんな希望はいとも簡単に崩れ落ちる。

「君、才能ないね」

大学の教授に言われた一言。その一言は、夢を目指す理由をいとも簡単に壊したのだった。

それから、僕は本音を書くことが怖くなった。

人に否定されるのが怖くて、人に評価されるのが怖くて、本当に思ったことよりも、周りが求めているような文章を書く。まるでいつも人に合わせている僕の人生のようだった。

・・・

「あきら、着いたぞ。今日はここでキャンプだ」

着いたキャンプ場は、思っていたよりも広くて、思ったよりも周りに何もないところだった。

ここなら焚き火をしても安全だし、周りに人もいない。秘境に男二人で訪れた感想は、控えめに言って最高だった。

「たかし、そろそろ火をつけよう」

日も暮れてきた頃、僕はたかしと火をつけた。

火をつけたと言っても、チャッカマンを持ってきていたので簡単に火はつく。ついた火を少し眺めながら、僕とたかしは社会人になってからの3年間を、振り返っていた。

「あきらはどうよ。この3年間。大学生の頃は市役所で働きながら小説家目指すって言ったけど、その気持ちは今も変わらず?」

「いや、、、だいぶ変わったかな。正直あの頃の俺は社会人をなめてたわ。朝早くに起きて夜遅くに帰宅すると、もう何もできね。遊ぶのも土日しかないから、どっかでかけたり飲みに行ったりすると、もう月曜日だ。毎日、今日を使い果たすので必死だよ」

「今日を使い果たすか。面白い表現すんな」

大学生の頃の自分は、自分の口から、今日を使い果たすので必死だなんて使うと思ってもいなかっただろう。

僕はあの頃から変わった。

在学中に賞の”し”の文字もかすらなかった僕は、安定した職につきながら小説家を目指す道に方向転換していた。仕事が終わってから文章を書く。僕の野心の大きさなら大丈夫だと、何故か自分の可能性を疑わなかった。

しかし、現実はそう甘くない。

一年目は定時で終わるような部署に配置されず、残業三昧。平日に余裕がないのを言い訳に、休日は映画や漫画、友達と遊びに行くことに使った。

最初のうちは書かないことに対する焦りを感じていたが、だんだんとその感情にも慣れていき、これはこれでアリなんじゃないかと、僕の中で完結するようになっていた。

現に、夢を追わなくても生活はできる。

ご飯も食べられるし、そこそこお金に余裕はあるし、友達とも遊べる。むしろこの人生で満足していない方が失礼なんじゃないかと思うほどだ。

ただ、しっくりこない。僕が生まれてきた意味って本当にあったのだろうかといつも思う。かつて追いかけていた星は枯れ、どこかに流れて行ってしまったのだろうか。

「たかし、夢とかってある?」

「どうしたんだよ急に。いっぱいあるさ。自分の人生だけでは叶えられないほどいっぱいある。あきらにもあるだろ?」

「いや、夢っていうか、本当に叶えられる夢なら見たいけど、もう俺らそんな歳でもないだろ。社会人なんだしさ、そろそろ大人になる時期じゃないの」

「そうだな。はい、コーヒー」

たかしはそう言って、熱々のコーヒーを僕に渡すのだった。

「小さい頃、あんだけ苦くて嫌いだったコーヒーが、今じゃなくてはならない存在になってる。大人になったらコーヒーが好きになったっていう人多いよな」

僕もそうだ。

「人生生きてるとさ、大半の1日の終わりが”本当にこれでよかったのかな”の繰り返しなんだよ。”自分の人生こんなはずじゃなかった”って。

同僚にはまだまだ若いって言われ、親にはもう大人なんだからっと言われて、もうどっち行けばいいかわかんねえじゃん。まるで暗闇の中を彷徨っているみたいに。

暗闇にいると、なかなか自分のことを好きになれずに、明るい方へどうしても目がいく。その世界は確かに明るく見えるし、その世界に憧れることが”若い”ってことだと思う。

でも、それでも暗闇だからこそ見える光がたぶんそこにはあって、明るい世界なら見過ごすような小さな光が後ですごく輝く星だったりして、そんなことを思うと、暗闇でもあがいてみようとさえ思うんだ」

ぼくはたかしの話を、両耳でちゃんと受け取っていた。

誰よりも自分の暗闇と戦いながら、自分の暗闇と向き合っている。

ぼくはどうだろうか。SNSに流れてきた明るいメッセージに影響され、自分の人生はこんなもんなのかといつも疲弊していた。

誰かの星をみるのが日常で、自分の星などありはしないといつからか決め込んで、暗闇を見ることから逃げたんだ。

たかしは現実と、いまと、必死に闘っている。

「やっぱたかし、かっこいいわ」

そんなこと言ったら照れるじゃないかと、たかしはそう言って、子どものように眠りについた。


ぼくはまだ星を見ている。

たかしが作ったコーヒーを飲みながら、ずっと夜を見ている。

周りには何もない。夜は真っ暗で、小さな星あかりがないと前を歩くことすら難しい。

それでももう一度、暗闇と向き合いたいと思った。

みんなを照らすことは難しいけど、身近な誰か、目の前の誰かを照らすくらいはぼくにだってできるかもしれない。

「明日からまた書き始めるか」

ぼくは、ぼそっと呟いて眠りについた。


『夜をコーヒーで洗い流して』

完.



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