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【短編小説】 わたあめ姫

 あるところに、ひどい癖毛の王女様がいました。
 王様も王妃様も髪の毛には癖一つないのに、王女様の細い髪の毛はいつだってぐしゃぐしゃ。お城の召使いの手には負えず、あまりにも絡まりすぎてふわふわの丸い雲のように見えたので、王女様は国のみんなから『わたあめ姫』と呼ばれていました。
 王女様は毎日鏡を見つめては、「こんな髪型じゃ、どんなに素敵なドレスを着ていたって台無しだわ」とため息を付いていました。
 見かねた王様が、国中から順番に床屋を呼びつけて言いました。
「さあ、王女の髪をまっすぐに整えるのだ! できないなら床屋などやめてしまえ!」
 床屋たちは王女様の絡まった髪の毛をなんとかするために、必死になりました。
 けれど、どういうわけか櫛もブラシもハサミも、わたあめみたいな髪の毛に突き立てた途端にポッキリと折れてしまいます。そうして仕事道具を失った床屋たちは、国から追い出されてしまいました。
 次に呼ばれた床屋は、王女様と同じ年頃の小さな男の子を連れていました。
 男の子の名前はロッタ。ロッタたち親子は、突然家にやってきた兵士に有無を言わせずつれてこられたので、何も道具を持っていませんでした。
 ロッタの父が王様に「準備が必要なので今日は帰らせてください。明日、必ず来ますから」とお願いしたので、なんとか今日のところは家に戻れることになりました。
 親子はひとまずホッとしました。今の暮らしが気に入っていたので、何も悪いことをしていないのに追い出されるなんて、とんでもないと思っていたのです。父親には、道具さえあればちゃんとした仕事ができるという自信もありました。
 二人が王様にお辞儀をして家に帰ろうとすると、王女様が駆け寄って来て、ロッタにすがりつきました。
 王女様はロッタにだけ聞こえるように小さい声で言います。
「お願い。私を助けてください。髪の毛の中に小さな悪魔が隠れていて、毎日私の髪の毛をぐしゃぐしゃにするし、櫛も何もかも壊してしまうの。
 大人は誰も信じてくれません。お願い。私を助けてください」
 ロッタはびっくりしました。王女様がとてもかわいかったから……ではなくて、悪魔だなんて、とても信じられなかったのです。
 王女様は王様にたしなめられてロッタの手を離しました。その時、王女様がとても悲しそうな顔をしていたので、ロッタはなんとかして助けてあげたくなりました。
 家に帰り着いてからロッタがその話をすると、父親は腕を組んで「う〜ん」と唸りました。
「王女様のことは私もなんとかしてあげたいが、相手が本当に悪魔なら私たちの手に負えないよ。
 私は王女様の勘違いだと思いたい。でもロッタ、お前が王女様を信じると言うのならば、東の森に行きなさい。森には悪魔食いが住むという。そいつを捕まえることができたなら、きっと真実が明らかになるだろう」
 勇敢なロッタは、翌朝すぐに森に出かけて行きました。手には大きなかばんを持っています。
 森には背の高い木がたくさん生えていました。真昼でも薄暗いので、街の人はあまりここには来ません。
 ロッタは自分の背丈ほどもある茂みをかき分けて、奥へ奥へと歩いて行きました。そのうちに、聞いたことのない甲高い音がどこかから響いて来ました。進んで行くにつれ、不思議な音は大きくなるようでした。
 やがてロッタは、それが誰かの声であることに気付きました。

 はらがへったよ
 悪魔はいないか?
 こっちの影か? あっちの影か?
 しょうわる悪魔め 飛んで出ろ
 おいらのおくちに飛んでこい

 声は、まるで歌っているかのようでした。
 ロッタは声がする方へ、抜き足差し足歩いて行きました。
 そして、そうっとのぞいた茂みの向こうに、一匹の小さなドラゴンを見つけました。
 ドラゴンは大きな口をパクパクさせながら、お花畑の中を歩き回っています。

 はらがへったよ
 悪魔はいないか?
 こっちの影か? あっちの影か?
 しょうわる悪魔め 飛んで出ろ
 おいらのおくちに飛んでこい

 なんと、ドラゴンがしゃべっています。
 ドラゴンの体はうさぎくらいの大きさでしたが、頭に二本生えたツノや口からはみ出たキバ、前足のツメは見るからに鋭く、人間の子供くらいなら簡単に切り裂いてしまえそうです。
 ロッタは勇気をふりしぼり、ドラゴンの声を真似て、囁きました。

 悪魔はいるよ たくさんいるよ
 食いたきゃ こっちに飛んでこい
 悪魔のいるとこ つれて行く

 ドラゴンは立ち止まってピンと背筋を伸ばすと、ゆっくりとロッタのいる方に首を向け、クンクンと鼻を鳴らしました。
 ロッタは隠れるのをやめ、空っぽのかばんの口を大きく開けてドラゴンの方に差し出しました。
「悪魔食いよ、助けておくれ。どうか悪い悪魔を、やっつけておくれ」
 ドラゴンは何も言わずじっとしていましたが、やがて緊張をとくと、ニヤリとロッタに笑いかけました。
「たしかに、お前からは悪魔の匂いがする。いいだろう。おいらをつれて行け」
 ドラゴンは小さな翼を羽ばたかせてふわりと浮き上がると、勢いよくかばんに飛び込みました。ロッタはドラゴンがすっぽり収まったかばんを抱えて、大急ぎでお城に向かって走り出しました。
 息を切らしてお城にたどり着いてみると、ちょうどロッタの父親が王女様の髪の毛に櫛を入れようとしているところでした。
「待って!」
 疲れ切った様子のロッタを見てお城の人はみんな驚いて道をあけました。父親がホッとしたように微笑んで、王女様の前から下がりました。
 ロッタは父親に変わって王女様の前に立ち、かばんを開きました。
 ドラゴンがかばんから顔を出し、クンクンと鼻を鳴らすと、たちまち不思議なことが起こりました。
 王女様のわたあめみたいな髪の毛がぶるぶると震えています。それを見た王様と王妃様は、びっくりして身を寄せ合いました。
 さらにドラゴンがギャーオと吠えると、髪の毛の隙間からアリのように小さい悪魔が何匹も、何匹も出て来て、口々に悲鳴をあげながら四方八方へ逃げようとしました。
 ドラゴンは素早くかばんから飛び出し、王女様の髪の毛ごと、悪魔たちをペロリとひと舐めで食べてしまいました。
 王女様は、髪の毛がなくなった自分の頭をつるつると撫でて、とても嬉しそうに笑いました。
「ああ、スッキリした!」

 数ヶ月経つと、王女様の頭からは癖のないまっすぐな髪の毛が生えてきていました。
 王女様が『わたあめ姫』と呼ばれることは、その後二度とありませんでした。

 * * *

 あるところに、おしゃれが大好きな美しい女王様がいました。
 女王様のおしゃれを支える、腕のいい床屋の若者の名前は、ロッタと言いました。

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