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  • ノイズ(仮)

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    • 【小説】「ノイズ」 全文

      第一部「少年ラック」    * 久野 早季 様 前略  不躾ながら突然のお手紙お許し下さい。  私、明石多果夫、平成九年六月二十日に傷害で逮捕され、岩見沢署に勾留、七月二日、勾留延長となりました。七月十二日起訴され、弁護人選任に関する通知書が届き、金が無く困って居りましたので、国選弁護人の請求を致しました。  勾置所に移送され、第一回の公判まで約一カ月、判決までは更に一、二週間掛かるとの事です。  この様な訳で、現在私の名義でお借りしているアパートの部屋へ、暫く帰る事が

      • 【連載小説】ノイズ(仮) 最終回

        ほんとうのところ面影はあいまいで、あの夏焦がれた大人の男の手で柔らかい生き物を包む俺にとって、もうどうでもいいことだった。 四.ひと夏の経験なんてアタラシクなったオレにはもうどうでもいい  夏休み最後の日、オレはひとりで「まだ知らぬ生臭さ」を訪ねた。初めて入るラブホテルで、エントランスの受付に嵌る曇りガラスの窓に向かって「佐々さんいますか?」と訊ねた。 「サササン?」年配の女性らしき声が聞こえた。  窓の下のほう、片手が入るくらいの四角い穴から、佐々にもらった名刺を見せた

        • 【連載小説】ノイズ(仮) 第十六回

          「なにも知らねえくせにっ!」オレは叫んだ。 なにも知らないくせに! オレだって抱えている。抱えてるんだ!  訪ねた佐々を、ばあちゃんは「多果夫さん」と呼んだ。  通された家の荒れ様を見た佐々は表札にあった名で「早季さん」と呼んでみた。直感したのだ。目の前の老女は、ここにいないのかもしれない、と。 するとばあちゃんは、「あんたの大切にしてたもの、ちゃんと取ってあるから」と言った。 「心配して、手紙くれていたでしょ。ちゃんと隠しておいたから、だいじょうぶ」  佐々は逸るのをおさ

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        • ノイズ(仮)
          17本

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          【連載小説】ノイズ(仮) 第十五回

          なんてきれいなんだろう。その目も、煙草を挟む指も腕も肩も、大人の男の身体は、なんてきれいなんだろう。 「実はよ、おまえのばあちゃんに、会ったことあんのよ」 異様なことを言い出した。オレの目の前に、異様なことを言う、異様な人間が現れた。 「ご飯は?」ドアごしの母さんの声。  オレは得意技をきめていた。制服のままベッドにもぐりこみ丸まっていた。  ほんとうは、やけに早く帰るなり自室に籠城した息子に言いたいことは山ほどあるはずだ。  わかってる! わかってるけど、いまはなんにも

          【連載小説】ノイズ(仮) 第十五回

          【連載小説】ノイズ(仮) 第十四回

          胸の奥の怒りの球体が膨らんで破裂しそうで息苦しい。逃げられない、追ってくる容赦のないもの。 怒りの球体に亀裂が入った。 怒りの球体が……破裂した!  雨が屋根を打つ音が強くなっていた。  最後の手紙を読み終えたオレはしばらく動けなかった。  佐々と過ごした昨夜、都合の良すぎる展開に不安になった。それは正しい直感だった。  全部猿芝居だった。  縁側でのままごとにつきあいながら佐々は言った。「なんか、楽しいな」 そのうえ、うまそうに食う佐々を見て、幸せだ、なんて思っていた

          【連載小説】ノイズ(仮) 第十四回

          【連載小説】ノイズ(仮) 第十三回

          手に取った写真の肉体は、オレが触れたいと思ったそれとは決定的に違っていた。 脳味噌がむずがゆくなるような感覚。もう少しで答えに行きつきそうな……。    **  あのあばら家で一生を終える。欲長けず望まなければ、人生には何度だってやり直しがきく。生きていればいい。  ム所に面会に来たあんたがそう言ってたのおぼえてるか?  何があばら家だあんな立派な家でそこら土地持ちが、欲長けず望まずなんて笑わせるな。仮釈のためにこっちがへりくだってやってるのも気づかないで、説教のつもりか

          【連載小説】ノイズ(仮) 第十三回

          【連載小説】ノイズ(仮) 第十二回

          見つめあった。わかった。目だ。目が、ノイズの正体だ。目だけが大人を通り越して老人になってしまっている。 オレは、触れたかった。オレのそういういやらしさに、佐々は気づいていただろうか。  補習終わりに椎名に誘われたオレは懲りずにショッピングモールのフードコートでハンバーガーを食べていた。 「ショウちゃんと、したさ」  のこのこついてきたオレが悪い。ハンバーガーを置き、手で口をおさえた。 「なに? そんなびっくりした?」椎名が覗きこんできた。  歯型のついたハンバーガーの断面と

          【連載小説】ノイズ(仮) 第十二回

          【連載小説】ノイズ(仮) 第十一回

          自分のことは棚にあげ品評してしまうのは仕方のないことだ。頭のなかは、誰にも支配できない無法地帯なのだから。 オレは、ビニ本を見ている佐々に興奮したのだ。    **  俺を裏切ったふたりの事、どうしてやろうかとじっくり考えています。  釧路で風俗女を拾ったなどと俺をお人好し呼ばわりした奴らが居たが、まったくその通りだったと言う事でしょう。  それにしても、俺が出たら、どうなるか考えなかったのでしょうか?  俺がどんな人間かわかっていれば、逃げても無駄なのは承知のはず。

          【連載小説】ノイズ(仮) 第十一回

          【連載小説】ノイズ(仮) 第十回

          「あたしが家出するの、ばあちゃん知ってたんだよね」 そして姉ちゃんは、あの夜のことを話しはじめた。 父さんは、姉ちゃんを殺してしまうのだろうか? 誰もいない家のなか小学生だったオレが不思議と安堵していた、あの夜。    ** 久野 早季 様  全て合点が行き、ようやくご報告できる段になったので、お手紙致します。  方々を調べ回るうち、佐々の悪い噂を耳にしました。どうやら会社の金を横領して雲隠れしたらしいのです。今頃どこかで殺されているに違いないと言う者もいました。そうい

          【連載小説】ノイズ(仮) 第十回

          【連載小説】ノイズ(仮) 第九回

          鏡に映ったオレのはだか。変化していた。浮き出ていた肋骨に筋膜が張り、つるっと薄いだけだった腹にも胸からへそにむけて一本溝ができ腹筋が現れた。身体の中心には変わらずぶらさがっている。陰毛の紅茶色から淡いピンクのグラデーション。グラデちんこ。    * 久野 早季 様 前略  この度は私の身元引受人になって下さり、本当に感謝しております。 残す所二ヵ月、出所後の事ばかり考え暮らしております。  ここに入る前に世話になっていた社長に使って貰うか、或いは、一緒に仕事をしていた佐

          【連載小説】ノイズ(仮) 第九回

          【連載小説】ノイズ(仮) 第八回

          「おまえよく、あんなふうに正直に言えるよな」 「なにがだよ」 「自分が童貞とかよー。キスもしたことないとかよー」 「だってしょうがないじゃん。ほんとうなんだから」  家に帰って改めてLINEを開くと、オレと椎名のトークルームに知らない名前からメッセージが入っていた。  ショウコ「7時に集合」おおた☆マリ「り」おおた☆マリ「ラッコも」椎名「ラックだから」おおた☆マリ「www」ショウコ「てかラックってなにwww」  いや、そんなこったろーと思ってましたよ。椎名は現状、他の仲間を

          【連載小説】ノイズ(仮) 第八回

          【連載小説】ノイズ(仮) 第七回

          オレが語るのならそんなのではない。少なくとも、いまは語りたくない。おいそれと語れない。語れないものに好きだの恋だの、そんなストロングな言葉を充てるのは恐れ多い。正直、おまえよく平気でそんな話、と思う。  今日から補習授業がはじまる。一学期の期末試験で派手に成績を落としたせいだ。制服を着てリビングにおりると、「はい、これ」と姉ちゃんが弁当箱を差し出してきた。 「午前中で終わるし。昼はうちで食うから」 「えっ! そうなの?」  姉ちゃんは弁当箱を宙に浮かせたまま、自分は高三の冬

          【連載小説】ノイズ(仮) 第七回

          【連載小説】ノイズ(仮) 第六回

          あの男だった。大人の男の手を持つ男。 投げつけられた塊はほぐれ、憶えのある声になった。微かな腐臭が漂うほど熟れすぎた果物を思わせる、甘苦く低い響き。その引力に引き寄せられたオレに男は、 「お手伝い、必要ないですか?」と言った。 三.ボウズ頭になったオレだったけれどアタラシクナリタイは遠い  庭の草刈りも母さんに言われた畑部分、「宝の山」を除いてすべて終わった。経年劣化や積年の手垢、ほこりで汚れていた家具も、ひとつひとつ丁寧に、分解ができるものはばらして、隅々まで磨き、また

          【連載小説】ノイズ(仮) 第六回

          【連載小説】ノイズ(仮) 第五回

          なんだか、消えたいなー、と思った。死にたい、とは違う。別に死にたくはない。けど、自分以外になりたい。アタラシクナリタイ。新しく? 新しいってなんだ?  磨きあげてぴかぴかになった廊下や、ものがなくなり見渡すように広くなった畳敷きの居間を見て、姉ちゃんが「もうこんなにきれいにしたのぉ?」と感嘆の声をあげた。  朝、母さんに車で送ってもらうついでにガレージの奥でほこりをかぶっていたCDラジカセを持ちだしたところを姉ちゃんに見つかってしまったのがいけなかった。 「なつかしー。これ

          【連載小説】ノイズ(仮) 第五回

          【連載小説】ノイズ(仮) 第四回

          オレの想像では、姉ちゃんと婚約者の関係に、愛、は埒外だった。 いずれ身内になる予定の他人に、うちはどういうふうに映ってるんだろう?    * 久野 早季 様 前略  突然の事に混乱しております。  先日、明石エナの弁護士だと言う男が面会に来て、離婚届を置いて行ったのです。  エナに手紙を出しても、戻って来て仕舞います。受け取りを拒否している様です。  エナが何を考えて離婚届など寄こしたのか分かりません。行く当ても無いのです。当ての無い者同士だから一緒になったのです。  

          【連載小説】ノイズ(仮) 第四回