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それは、あまりにも小さなことだけど

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「それ」は、生とか人とか。取るに足らないことかもしれないけど。それでも。(短編集)不定期更新。
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さなかのるすばん(1100字)

「ただいま」

「おかえり。何してたの、今まで」

 玄関で迎えた俺に母さんは答えず、「疲れちゃった」と上がり框に腰を下ろした。

「中、入んなよ。そこで休まなくても」

「あんたも座んなさいよ。親孝行」

「ここで?」

 と口では言いつつも、『親孝行』の言葉に弱い俺は、素直に母さんの隣に座った。

「母さん、どこまで行って」「懐かしいわね」

 母さんは、遠くを見る目で言った。

「クロがいな

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猫又貸し(1221字)

 これは、ある友人から訊いた話である。

 当時中学生の彼女には、いじめを受けているクラスメイトがいた。仮にAさんとする。

 Aさんは、クラス内のいじめグループに目を付けられていた。日々罵られ、提出物を隠され、生傷も絶えなかった。友人を含め、クラスの誰もが彼らをよく思っていなかった。

 しかし、彼らが九人という大所帯であること、担任も見て見ぬフリをしていることから、自身がいじめられないためには

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命、三つ時(1183字)

 毎晩、丑三つ時に目を覚ます。まるで、目を逸らすなと警告されているように。

 天井が、夜な夜な迫っている。

 始めは、気のせいだと思っていた。本来、床から天井までの距離は二メートル以上あるはず。けれど、男ではなく天井に迫られ早一ヶ月。一昨日より昨日、昨日より今日、布団の上の私と天井の距離は確実に縮まっている。

 しかし、天井は日の下に本性をさらしたくないのか、朝になれば元の高さに戻っていた。

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亡く羊(11340字)

1.コース料理の説明「オードヴルのベイクドポテトには、骨がございます」と、ギャルソンは説明した。

「ランチでは取り除いてご提供しているのですが、ディナーではそのままお出ししております」

「ここが出すのは、パンじゃなくて、米料理だったかしら? リゾットとドリアは、どちらがおすすめなの?」

「どちらも……と申し上げたいところですが、本日はリゾットをおすすめします」

「では、リゾットを」

「か

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閑古鳥は“ビイ”と鳴く(4027字)

「どこをほっつき歩いていたんだ」

 帰宅するなり、頭上から不平不満がたらたらと。いつもなら無視するけど、今日は顔を上げて視界に入れてやる。

 視線の先――玄関の軒先には、頬杖をついて腰をかけている烏天狗。

「ほお、珍しいな。お前がこの俺を無視しないとは」

「とりもちアタック」

「ぎゃああああ」

 懐に忍ばせていたとりもちを手当たり次第に投げつけると、烏天狗はこの上ない悲鳴を上げた。

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