猫又貸し(1221字)

 これは、ある友人から訊いた話である。

 当時中学生の彼女には、いじめを受けているクラスメイトがいた。仮にAさんとする。

 Aさんは、クラス内のいじめグループに目を付けられていた。日々罵られ、提出物を隠され、生傷も絶えなかった。友人を含め、クラスの誰もが彼らをよく思っていなかった。

 しかし、彼らが九人という大所帯であること、担任も見て見ぬフリをしていることから、自身がいじめられないためには、ただ傍観するしかなかった。

 一方Aさんは、どんな目に遭っても、クラスの誰よりも無反応だった。

 ある日、日直だった友人は、早起きしてひとり登校した。しかし、その日は先客がいた。Aさんだ。友人は驚いた。Aさんは普段、遅刻寸前で登校してくるのに。

 友人はAさんに一声かけるべきか逡巡したが、周りに誰もいなかったので、世話を焼くことにした。Aさんが本を読んでいたためだ。

「Aさん、Aさん」

 友人の呼びかけに、Aさんは思いのほかすんなり顔を上げた。

「本、しまった方がいいよ。あいつらが来たら盗られちゃうよ」

 Aさんは友人をじっと見つめると、やがてゆっくり首を振った。

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫」

 友人は何が大丈夫なのかわからなかったが、それ以上深入りするのを止めた。さっさと空気を入れ替えようと窓に手をかけたとき、ふとAさんが何を読んでいるのか気になった。

 横目で表紙を覗くと、その本は題名も作者名も印字されておらず、まっさらな表紙の中心に『猫』と小さく印字されているだけだった。友人は、何か異様なものを感じた。

 Aさんはいじめグループが現れても、本を読み続けていた。友人が予想していた通り、Aさんの本はあっさり取り上げられた。

 普段のAさんなら、何をされても無関心で、じっと耐えているだけだ。けれどその日は立ち上がり、彼らに近付いていった。彼らはAさんがやっと怒ったと思い、大声で笑った。

 Aさんは本を取り返そうと、彼らに向かって手を伸ばした。しかし、もちろん彼らが素直に返すはずがなく、本を持っていた一人が、隣に座っていた別の一人に渡し、また別の一人に渡し……本はグループ内を回っていった。

 Aさんの抵抗は虚しく空を切っていた。最後に、本はいじめの首謀者の手に渡った。

 その瞬間だった。九人全員が一斉に苦しみ出し、倒れてしまったのは。教室内は騒然とし、遅れてやって来た担任も腰を抜かした。

 後日、彼らが全員亡くなったことが、担任の口から語られた。Aさんはあの日以来、例の本をいつも大事に抱えている。

 さらに後日、友人はAさんと二人きりになる機会があった。

「ああなることが、わかっていたの?」

 あのとき、友人は目撃していた。本が彼らの中を回っていたとき、表紙の『猫』の字が徐々に巨大化していたのを。

「『猫には九つの命がある』って知ってる?」

 Aさんは友人ににこりと笑いかけた。

「私、九つの命を用意してあげたんだよ」

 Aさんが抱えている本の表紙には、画面いっぱいに尾を振る猫又の姿があった。(了)



追記:
公募ガイドの『第75回 TO-BE小説工房』に応募したものです。(そして、落選したものです。)南無三。
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