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13歳、懲役6年。-第18話-

〜田舎のお利口さんと都会の怠け者〜


 朝の静寂。鳥の囀りが鮮明に響く。教室では皆、目を伏せるように黙々と本を読んでいる。
 日本最果ての田舎のある高校にわたしはいる。気が付けばいつの間にか、あの頃の「敵」になっていた。
 30歳。オッサン一年生になった気分だ。

 一年生のクラス副担任として毎日生徒の顔を見ていると、あの頃の自分と少し様子が違うことに気がつく。まるでこちらを敵視していない。むしろ味方、共同体、敬うべき存在のような目線を向けてくる。

そうだった。これが通常だった。生徒は教師を敬うことが当たり前なのだ。


 -通常?


 あの「敵」との戦いの日々は異常だったのか?「味方」と過ごした日々も異常だったのか?
 少し冷静に考えた。

 わたしたちは皆、小学校を卒業してすぐに家を離れ、監獄のような寮へ投獄された。そこには看守のような寮監がいて、それにどう立ち向かうか、どう隠れるかばかりを飽きることなく話していた。
 異常かもしれない。しかしわたしたちは健全に「個」を解放していた。解放の術を知っていた。
 満たされていた。
 勉強は、いつか日常が面白くなくなった時に、仕方なくやると決めていた。

 しかしそんな日は6年間で1日もなかった。

 卒業して、離れ離れになったわたしたちの心には、ポッカり穴が空いていた。もう「敵」はいないし、もう隠れて加湿器で鍋をしなくてもいいし、ダミー作りを試行錯誤したり、センサーに感知されないギリギリのルートを通ったりしなくてよかった。
 それは、安堵とは少し違った感情だった。


 あの頃は毎日夢に見ていた、
(早くここから出たい、自由になりたい、普通の生活がしたい、家に帰りたい、ゲームをしたい、ケータイで女子とメールしたい、ゆっくりしたい、早く卒業したい…。)
懲役6年を終えてようやく、その全ての夢が叶った。

 しかし、わたしはふと違和感に気がついた。


 あれ、おかしい。これが、これこそがあの頃望んでいた自由な世界なのに、なんだか心が寂しい。


 そういえばこのセリフ、誰かも言ってた気がする。

 …そうだ。寮監の先生だ。

 わたしは、卒業後も少し寮監の先生と連絡を取ったり、寮に帰ったりした。
 何年前だったかな、久しぶりに寮に帰ってイシイ先生に会って、うどん屋さんに連れてってもらった時だ。
 相変わらず面白いイシイ先生のエピソードトークで一通り盛り上がった後、静寂が車内を包んだ。



「もう、寮生の世代もすっかりかわってなぁ…。」
運転席に座るイシイ先生の横顔は、少し寂しそうだった。


「夜の集い後の寮は、めっちゃくちゃ静かやわぁ…。」

イシイ先生、こんな老けてたっけ?


「夜の巡回してても、みんなちゃーんと寝とるわぁ…。」

あれ、イシイ先生、メガネが変わってる。


「朝の集いにも誰も遅刻せん。皆んな時間通りに降りてくるんやぁ…。」
イシイ先生、よく見ると、おばあちゃんにも見えなくもない。


「学習時間も勉強しとる。」
やっぱり寂しそうだ。あの頃からずっと寂しくて虚しいのは、わたしだけじゃなかったのか。


⭐︎


 寮での6年間の懲役を終えて、やっと自由になったわたしたちを待ち受けたのは、地獄の監獄よりも辛い、虚無の日常の始まりだった。
 わたしたちは毎日、刺激を求め彷徨っていた。もう、わたしたちにとって「異常」は正常で、世の中の「正常」こそ、わたしたちにとっては異常になっていた。
 ずっと当時の仲間たちや、「敵」だったはずの寮監の先生たちの顔ばかり頭に浮かべていた。


 ⭐︎


 うどん屋までまだもう少しある。うどんを食べて数時間したら、また虚無の日常に戻ってしまう。今日が終わってしまう。


「夜、巡回せんでもええわ。誰も騒いでない。寮から抜け出すやつも、鍋するやつもおらん。」
イシイ先生の言葉に、少しずつ気持ちが溢れてきた。


「不思議や。これこそずっと目指してた寮やのに…。面白くないんじゃ。」
一度溢れた気持ちに歯止めは効かなかった。


「な〜んで、勉強しとんじゃ。な〜んで廊下でサッカーせんのじゃ。な〜んで一箇所も壁に穴開かんのや。」
強い言葉尻には、怒りではなく、寂しさが見えた。


「面白くないわ。あの頃に戻りたいわ…。」
イシイ先生も、虚無の日常を彷徨う人間の1人だった。


 ⭐︎


 あれからもう10年以上時が過ぎてしまった。
 気がつけば、わたしは「敵」になっていた。

 …そうだ、今はホームルーム前の「朝読書の時間」だった。
 鳥の囀りが鮮明に響く。教室では皆、目を伏せるように黙々と本を読んでいる。

「わたしは彼らの成長を抑えつけてないだろうか?」
「わたしは然るべき時に、彼らの敵になれるのか?」
「彼らは心から楽しんでいるか?」
「彼らは毎日、満たされているのか?」
「わたしはあの頃の寮監の先生みたいになれているか?」


 本を読む姿を眺めながら、自分に問うた。



 わたしは大人になってしまった。


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