記事一覧
【エッセイ】そっとレモンをおいてくる
高校生の頃、現国の時間に梶井基次郎という小説家が書いた『檸檬』という作品を習った。この作品を初めて読んだ時、こんなに面白い物語を書ける人がいるのかと感動したものである。主人公である「私」の心は、「えたいの知れない不吉な塊」に終始圧えつけられていた。元気だった頃の「私」は丸善で色々な商品をみることが好きだったのだが、この頃はどうにも足が遠のいている。好きな事といえば、みすぼらしい裏通りを眺めたり、
もっとみる【エッセイ】憧れのお嬢様
私は学生時代、クラリネットとヴァイオリンを弾いていた。私はピアノを習っていたこともなく、別段音楽に慣れ親しんで成長した訳でもない。入学した中学の文化部が「音楽部」と「パソコン部」しかなかったのでほとんど無理やりに入ったという感じであった。しかもその中学は人数が極端に少ない学校で「音楽部」にはクラリネットとギターしか楽器が存在しなかった。またまた無理やりにクラリネットを選ぶことになった私は、結局最
もっとみる【掌編小説】夜は逃げない
マリアちゃんは夜が大好きだ。夕ごはんを食べ終わったあとママとお風呂に入り歯磨きをし、ベッドにはいる。寝る前にはいつもママがご本を読んでくれる。今夜は『おやゆび姫』の続きを読んでくれるはずだ。
マリアちゃんは『おやゆび姫』が大好きだ。チューリップから生まれたお姫様。クルミのベッドで眠る可愛いお姫様。お姫様には試練が多い。ヒキガエルにさらわれ、帰る家も分からなくなって。マリアちゃんはお話しを聞き
【エッセイ】名古屋めしの快楽
村上春樹が名古屋は空前の失敗都市だとエッセイに書いていて読んだことがある。名古屋圏の人間からすると自嘲気味に「そっすね」と言うほかに返答のしようがない。名古屋人ほど自分の生まれ育った土地を慈しみながらも、そう言いきることにある種の照れと矛盾を感じている県民は他にいないのではないだろうかと私は思う。
なにがどう失敗なのかというと、春樹は遊ぶ場所が点在していることを指摘していたが、私もそう思う。
【日記】コロッケ蕎麦談義
一昨日の夜布団の中で、やおら「コロッケ蕎麦」なるものを食してみたくなり、土曜日のお昼にチェーン店の蕎麦屋に出掛けていった。あいにく店が改装中でやってなくて渋々ラーメンを食べて帰ってきた(美味しかったけどさ)
今日出勤してこられた元新橋リーマンのOさんにこの話をしたら、「コロッケ蕎麦は普通の店にはないよ。駅の立ち食いに行かないと」と言われる。そうなのか。しかし宮崎は鉄道網が発達してないので(新
掌編小説 我らチョコミン党
「詩織ちゃん学校帰りにアイスたべてこう?」
「いいねぇ今日あっついもんね」
同じクラスの美樹ちゃんに声をかけられた私は一も二もなくその提案に賛同する。
やって来たはサーティーワンアイスクリーム。どれにしよう。色とりどりのアイスの中から私は迷わずチョコミントを選ぶ。昔から私はチョコミントが大好き。近年はチョコミントがやたらもてはやされ市民権を確実に勝ち取っている。その様子をスーパーなりコンビニで
【掌握小説】ブレイク ブローク ブロークン
「ったく。スイッチ押してもうんともすんとも言わねぇ」
ケンジはそう呟くとリモコンをソファーに放り投げた。どうやらエアコンが壊れたらしい。こんな夜遅くに説明書を引っ張り出すのも面倒で、ケンジは暫しの間途方にくれた。今夜もあいにくの熱帯夜だ。人一倍暑さに弱いケンジはげんなりとした表情で、しかし背に腹は変えられぬとばかりに押し入れから扇風機を取り出した。
扇風機は毎年埃をざっと拭き取られるだけで
短編小説 12時前のシンデレラ
「お腹すいた。彼氏欲しい。」
「志織ちゃん。その発言の文脈がいまいち分からない。」
隣を歩く頭一つ背の低い友人にそう指摘され、私は「えへへ」と笑う。しょうがないじゃない。18歳の女の子にとってはまるでお腹がすくように当然のごとく彼氏が欲しいものなのだから。
「じゃあ。今日はここでお別れだね。また明日ね。」
そういって愛美ちゃんは嬉しさを全身に滲ませながら高島屋のビルの中に吸い込まれ
日記 ハンドメイドの功罪
すごく根性わりぃのと思うのでここで吐き出す。Twitterで以前仲良くしていた女性(今はフォロワーさんではない)がハンドメイドを趣味にされててこの度作品をハンドメイドサイトで売ってみることにしたらしく、その情報を見る機会があった。見て「マジか」と二度見しちゃったよね。すごく根性悪だと自分でも思うんだけどその作品の出来がお世辞にも上手いとは呼べない物だからである。ブックカバー生地曲がってるし。なか
もっとみる【短編小説】空を泳ぐ 三 終
理科室では班ごとに別れて実験を繰り返していた。明宏は一班。純は六班なのであいにく離ればなれであったが、そのような状況に純はそっと胸をなでおろしたのだった。今彼の前にどのような表情をして居合わせたらよいのか分からなかった。そして三日前の出来事を思い出していた。その日登校時に偶然明宏と居合わせた純は思いきって自分から声をかけてみたのだった。最初はお天気などの差し障りのない話をしていたが、本題に入るこ
もっとみる【短編小説】空を泳ぐ 二
話は一週間前にさかのぼる。その日純は日直でクラスの日誌を職員室から教室に運ぶ係りを担当していた。通常この係りは男子が担当するのだけど、黒板消しがどうしても苦手な純は相方の男子に頼んで係りを代わってもらったのだった。長身で体力もある純をみてなんの迷いもなく係りは交代されたのだった。
帰りの会の少し前、純が職員室を覗くとクラスメート30人分の日誌は整然とかごに入れられ、純に運ばれるのを待ってい
空を泳ぐ【短編小説 一】
あなたにあうまでこんなに世界が色鮮やかなものだと知らなかったの。あなたの姿を見るたびに心臓が飛び上がるようにばくばくいって、細胞の一つ一つが歌うように喜ぶの。喜ぶのだけどこの感情になんて名前をつけたらいいのかよく分からないの。あなたの前にでるとまるで操り人形のように天井から吊るされた人のような気分よ。人を好きになるってとても苦しいことなんだって初めて分かったの。
「純。どしたのぼーっとして」