【短編小説】空を泳ぐ 三 終


 理科室では班ごとに別れて実験を繰り返していた。明宏は一班。純は六班なのであいにく離ればなれであったが、そのような状況に純はそっと胸をなでおろしたのだった。今彼の前にどのような表情をして居合わせたらよいのか分からなかった。そして三日前の出来事を思い出していた。その日登校時に偶然明宏と居合わせた純は思いきって自分から声をかけてみたのだった。最初はお天気などの差し障りのない話をしていたが、本題に入ることにした。

「ねぇ、どうしてあのとき私を助けてくれたの?」

 純はおずおずときいてみた。15歳の年頃の少年にしては実にスマートな対応を繰り広げた明宏に対して、純は素朴な疑問をぶつけてみたのだ。明宏はそうきたかというような表情をしながらも

「僕はフェミニストだから」 

とぽつりと呟いた。

「フェミニスト?」

耳慣れない単語を純は繰り返した。

「父さんから女性には優しくするようにと教えられてるから」

「そうなんだ」

と純は答えたもののなにか腑に落ちないという感情に包まれていた。その理論でいくと彼は女の子になら誰にでも優しくするということになる。しかし明宏がそのような男子だという話はこれまでに耳にしたことがなかった。それでも明宏がかなり育ちのよい人間であることは分かった。そして心のなかで思いきり落胆している自分に気づいた。本当はかなり期待していたのだ。山田さんだから助けたのだという答えを。

 それにしてもと純は思う。今まであまり冴えない男子だと思っていた明宏は実はそうでもなかったのだということに。その手のことに純が疎いということもあって、気がつかなかったのだ。明宏みたいに不思議な魅力を伴う男子の存在感に。事実彼はたくさんの本を読んでいるようで、クラスメートたちの知らないこともよく知っているようだった。

 リトマス試のように人の気持ちは数値では計れない。それでも明宏が自分に好意をもってくれていることは明らかだった。泳ぎが好きという返答では物足りない。純ははじめて人の気持ちを独り占めしたいと思った。

 この夏をもって純は部活を引退する。髪の毛でも少し伸ばしてみようかなと思い付きながら、恵美子の呼び掛けの声に純は答えたのだった。

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