【掌編小説】夜は逃げない

 マリアちゃんは夜が大好きだ。夕ごはんを食べ終わったあとママとお風呂に入り歯磨きをし、ベッドにはいる。寝る前にはいつもママがご本を読んでくれる。今夜は『おやゆび姫』の続きを読んでくれるはずだ。

 マリアちゃんは『おやゆび姫』が大好きだ。チューリップから生まれたお姫様。クルミのベッドで眠る可愛いお姫様。お姫様には試練が多い。ヒキガエルにさらわれ、帰る家も分からなくなって。マリアちゃんはお話しを聞き入りながらいつも思わずクッキーをぎゅっと抱き締める。

 マリアちゃんはクッキーが大好きだ。クッキーはマリアちゃんの大切なお友達。ふわふわの毛並みをもつテディベア。ご飯を食べるときも寝るときもどこでも一緒。マリアちゃんの4歳の誕生日にパパがおうちに連れてきた優しい子。

 マリアちゃんはパパが大好きだ。力持ちでかっこいいパパ。いつも高い高いをしてくれる頼もしいパパ。パパは歌を歌うことが上手だ。その歌声にあわせてマリアちゃんも歌う。時にはママも一緒に歌う。

 マリアちゃんはママが大好きだ。いつもいいにおいのするママ。お日さまのもとパタパタとはためく洗濯物がよく似合うママ。ママのクリームシチューはマリアちゃんの大好物。だけどもママはこの頃大変そうだ。ママのお腹のなかには女の赤ちゃんがいるのだそうだ。

 マリアちゃんは思う。まだ見ぬ私の妹。果たして好きになれるだろうか、と。『おやゆび姫』のように、クッキーのように、パパのように、ママのように。そしてこの夜のように。その子はずっと夜の暗闇のようなところにいるのだろうか。マリアちゃんはママのお腹にそっと頬ずりをしてみる。

 もうちょっとで産まれる私の妹。クルミのベッドで眠るのかしら。ヒキガエルにさらわれないように私が見張っていなくては。その子が一人で泣くことがないように。暗闇のなかに戻らないように。マリアちゃんはそう心に決めてその夜は眠りについたのでした。


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