見出し画像

胸が熱くなる,漫画を取り巻く人の想い -集英社マンガアートヘリテージ@麻布台ヒルズ

 11月某日、麻布台ヒルズ。

 そのギャラリーとは偶然出逢った。


 はじめに目に入ったのは、尾田栄一郎「ONE PIECE」の、あまりにも有名な場面。

 厚紙にぎゅっと印刷された、美しい1頁。作家のサイン入り。

 気になったのは、対になるように撮影された、画面右の写真だ。活版の版を撮影した写真とセットになっているわけだが、その意味は?

 いわゆる漫画関係の展示とは、なにか異なるものを感じる。


Regenesis=復活、の意味

 少し長くなるが、尾田栄一郎「ONE PIECE / Regenesis」から、会場で上映されていたフィルムの画面写真とともに、下に引用していく。

「Regenesis」=復活の名を冠した展示の中心となるのは、金属板に活字を埋め込んだ版でプリントした作品です。

 これは、この美しい印刷の仕上がりからもわかる。

マンガ展などでよく見られる原稿は、作家が描いた絵に、写植(写真植字)の印画紙が貼り込まれたものです。多くの人が持つマンガ原画のイメージは、ふきだし部分に文字が貼られた、この状態のものでしょう。

 その通りで、漫画の原画の息を吞むような美しさと、手描きの文字を写植屋さんが写植にして貼り込んでいく過程は、かつての仕事で目にしていた。

 しかし、次に記されていることは、知らなかった。学生のときに新聞部だったので、活版にはなじみはあったけれど。

しかし写植が発明されて普及する前、マンガの組版と印刷は違う方法で行われていました。戦後〜1970年頃には、マンガの絵の部分を金属板(亜鉛版)に腐食製版し、ふきだし部分を糸ノコでくり抜いて、そこに活字を埋め込む、という方法がとられていたのです。

1976年に「週刊少年ジャンプ」に連載を開始した秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の第一話も、活字で組版されていました。ただ、こうした話は伝わっているものの、印刷の現場では亜鉛版も活字も溶かされて再利用されるため、我々が探す限り実物は現存しておらず、写真すら見つけられない状態でした。

2022年。嘉瑞工房(東京・新宿)の協力により、マンガ原稿の亜鉛版を現在でも制作できる会社が見つかり、我々は金属版×活字によるマンガの印刷を再現するプロジェクトをスタート。腐食亜鉛版の制作〜活字鋳造〜活字組版の組込〜活版印刷にわたる工程を動画に収めました。再現にあたり選んだのは尾田栄一郎『ONE PIECE』第一話の、1ページです。


オーバーパーツ→アート

 そしてここまで読んで、やっと腑に落ちた。

いわばオーパーツ(OOPARTS;Out Of Place ARTifactS=場所や時代にそぐわない発見物)であるこのアートプリントを、版を撮影した写真とともに展示、販売します。撮影は木村伊兵衛写真賞受賞の本城直季。写真は、19世紀後半に発明されたプラチナ・パラジウム・プリント。印画紙は一枚ずつ手作りしています。

 だから、この「対」には、多くの意味が含まれている。


「ONE PIECE」名場面の数々

本展では、あわせて活版平台印刷作品「The Press」シリーズと、アーカイバル・インクジェット・プリント作品「Real Color Collection」シリーズも展示します。

 というわけで、ほかの名場面も。すべて販売されており、売約済みも多かった。


「Real Color Collection」シリーズ

 会場の半分は、アーカイバル・インクジェット・プリント作品「Real Color Collection」シリーズが展示。同様に販売もされている。


作品(+歴史文化)→アート

 見終わって、感慨にかられた。理由は主に2つだ。

 まず。本を作る作業は、昔と比べれば考えられないくらい楽になった。会社員として編集に携わっていた頃、とくに駆け出しの頃は、「会社に住んでいる」というような日々を送っていたが、それは手を使わなければならない作業量が多く、致し方なかった面が多い。

 今では在宅しながらの仕事でも問題のない作業が増えた。便利な時代と、かつて自分が居た時代&その前の時代へのノスタルジア。

 次に。出版不況といわれ始めてから、かなり長い年月が過ぎている。経費の削減をすすめていくなかでは、主にIT化による作業の軽減があった。

 前述のように、編集に関する作業はかなりの部分の短縮が可能になった。ウェブ媒体のように、そもそも印刷をしないことを前提としたコンテンツも増えている。ただ、(ありがちな文章展開ではあるが)、もちろん喪われたものも大きい。

 漫画原画の美しさ、は、(直接の担当ではなかったが、)かつて、真夜中の編集部で、仕上がったばかりの原稿に写植屋さんから上がってきたネーム(セリフや文字部分)を貼り付ける担当者、の作業現場を見て体感した。

 そのまま飾っておきたいような美しい手描きの絵が、印刷されることで、雑誌の一部になっていくさまを、不思議な気分で見ていた。

先細っていく、印刷文化に

 原画や、漫画の特別な1p、1シーンを作品として取り出し、アートとして販売する、というアイデアは素晴らしいし広がってほしい。

 でも今回、わたしが受けた感慨は、その先にあった。ここでの試みには、歴史、文化の要素が加わっている、というところだ。

 さきほどの引用文を再掲する。

2022年。嘉瑞工房(東京・新宿)の協力により、マンガ原稿の亜鉛版を現在でも制作できる会社が見つかり、我々は金属版×活字によるマンガの印刷を再現するプロジェクトをスタート。腐食亜鉛版の制作〜活字鋳造〜活字組版の組込〜活版印刷にわたる工程を動画に収めました。再現にあたり選んだのは尾田栄一郎『ONE PIECE』第一話の、1ページです。

 「金属版×活字によるマンガの印刷を再現」によって、ここに歴史という軸が刻まれた。印刷前の金属板→印刷後の作品。

 この「2枚で1枚」の作品の持つ奥行、重み。

 上手なビジネス、でありながら、商売を超えた使命感のようなもの。

 作家、編集者、職人。作品作りに携わるすべての人の、想いが伝わってくる。「ジャンプ」作品ではないけれど、そこに胸が熱くなる。


この記事が参加している募集

最近の学び

散歩日記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?