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#日記

とくに理由がないこと

とくに理由がないこと

*よく駅前なんかで、「鍵屋さん」と「靴直し屋さん」が一緒になっている店舗ってあるじゃないですか。しかもあれ、わりとどこの店でも、鍵と靴が一緒になった形態で営業をされていますよね。もしかしたら関西だけなのかもしれないけれど、僕の知る限り、駅前のああいう店舗ではセットのように「鍵と靴」がある。この2つが、どうしてセットで営業されているか、知ってます?

友人と一緒にその話を聞いたところ、「とくに理由は

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リアクションとは「呼応」である。

リアクションとは「呼応」である。

*お手伝いしている会社の人材育成をなぜか担当している。我ながらなぜだろうと思う。企業勤めの経験はない。ずっとフリーランスなので、人材育成もクソもない場所で生きてきた。基本的に他人の成長になど興味がない。自分がいかにのし上がるかしか考えていない、自己中心的な人間だ。そんな人間が、お手伝いしている会社の人材育成を担当している。本当になぜなんだろう。

ちょうど先日、その第1回目の社内研修があった。その

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自分が変わるように、人も変わっていく

自分が変わるように、人も変わっていく

*「ゆるせないこと」というのは、きっとほとんどの人にあってね。いや、どうだろう、ないって人もいるかな。ぼくもきちんと考えてみたら、そこまで浮かばないものだけれど、「歩きタバコ」だけはちょっとゆるせないなぁと思う。何をどう考えても想像力が足りない行為だとしか思わない。でも、「ゆるせない」ほど強い動機を持っているかと聞かれれば、そーでもないよーな気もする。

「ゆるせない」ほど語気を強めなくても、「ま

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距離感こそすべて。

距離感こそすべて。

*人間は今日も悩んでいる。おいらも、あの子も、あいつも、あんたもみな悩んでいる。もういっそのこと、悩むのが好きなんじゃないか?ってくらい、悩んでいる。朝でも夜でも、湯船の中でも、布団の中でも、すきがあれば悩んでいる。ここまで読んで「わたし、なーんも悩んでないよ!」って人がいたら、回れ右するか、それともこのまま読み進めるか、悩んでみていただきたい。

悩みはホント人それぞれで、規模も種類も時期も違う

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11月15日の記録

11月15日の記録

言葉の多い家に生まれた。17年間、言葉の力を一度も疑わずに生きてきた。私にとって言葉は、他者と他者との境界線を甘く滲ませる水彩絵の具のようでもあり、行き場のない感情に居場所を与える暖かいこたつの中のようでもあり、アイデンティティを与えてくれる名刺のようでもあった。言葉はナイフだ、という標語みたいなものも有名だけど、私は、言葉は鋭さを持たないような気がしている。誰かを酷く傷つけ、時に死にまで追いやる

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咲かない桜の木の下で。

*桜の木が、そこにあったとする。
一本じゃない。群れで、数本、数十本、桜の木が生えている。そこは毎年、人気のお花見スポットで、春になると人が集う。酔っ払いからちびっこまで、いろーんな人たちが桜の木の下、駆け回ったり座り込んだり、桜の花びらを見るのもぼちぼちに、楽しんでいる。

桜は春、すこしのあいだだけ咲いている。それ以外は散って、「あれ?これ桜の木だったっけ?」なんて言われたりする。桜は、花が咲

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「聴こえないものが、聴こえるようになりますように」

「聴こえないものが、聴こえるようになりますように」

「聴こえないものが、聴こえるようになりますように」

立ち飲み屋で急に始まったシンガーソングライターの歌に出てきた歌詞だ。「ように」という表現が続けざまに二度使われているので、こうして言葉に興してみると違和感があるけれど、好きな日本語の使い方だな、と思う。文法的にはまちがっていたとしても、ニュアンス的にはまちがっちゃいない。「聴こえますように」とは、ちがうんだ。と、自分がつくった歌詞でもないくせに

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そのやさしさは、誰メモリのやさしさやねん。

そのやさしさは、誰メモリのやさしさやねん。

「付き合いが上手くいくかどうかは、一般に数値化されていないもののメモリ感が合うかどうかなんだ」という、飲みの席で先輩が酔っ払いながら、なかばやけくそに放った言葉を強烈に覚えている。

「あのな、数値化されていないものってたくさんあるだろ。愛とか想いとか誠意だとか、目に見えないもののほとんどは数値化されていないわけだ。でな、長く付き合えるヤツらってのは、その数値の感覚がだいたい似たようなヤツらなんだ

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しょうがを煮詰めたような恋。

しょうがを煮詰めたような恋。

やすらぎの価値を知りつつ、その一方で、私はどうしてもときめきが永遠に上昇し続ける、という夢をみてしまうのだ。 
—穂村弘『もしもし、運命の人ですか。』

先日、読んでいたエッセイ集にこんな一文を見かけた。
「ときめき」による上昇を続けても、そのうち天井にぶつかってしまう。そこから「やすらぎ」という水平飛行が続き、終いには下降していくという、飛行機を模した秀逸な例えで、誰しもが共感してしまう。

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