イズミヤ

he/him これといった生産性のないことばかり書いています。

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最近の記事

文章が書けなくなった

文章が、書けなくなった。 ふとした瞬間に言葉が溢れて止まらない。そんな感覚が、少しずつ薄れている。今では言葉がふと浮かんでくるといったことも少なくなった。 前ほど本を読まなくなったからだろうか。生活する中で私を追い立てるものが多くなったからだろうか。 想像力に貧しくなっている、そんな気がする。 寝る前に薄暗い部屋でノートを開く。ペンを持てば、自然と言葉がノートに落ちていく。そんな感覚に満ちていた数年前。その時と今で、いったい何が変わってしまったというのか。 あるアーティ

    • 苔の緑で息する

      天窓から差し込む光に目を覚ます。 寝ぼけた頭で顔を起こすと、足元に猫、背中に寄り添うようにして、また猫。グレーと三毛の2匹はなんて名前だったか。宿泊先のムッシュに何度も確認したはずだったが、フランス語でつけられた猫たちの名前は、日本人の私にはあまりに耳慣れないものだった。 名前の知らない2匹は、部屋の扉を開けて待っていると音もなく入り込んできて、気づくと隣で寝ている。 2日前に到着したこの宿で、私は残り5日ほど滞在することになっていた。1日目の晩、「扉を開けて寝るといいかも

      • ダブルサイズのラテ、液面の葉

        いつものカフェ。 大体いつも同じようなテーブルに着く。 古い木のテーブル。 初めて来たとき、「将来はこんな家に住みたい」なんて。今考えると気恥しいようなことを話した記憶がある。 あの日一緒にいたのが誰だったかも思い出せないような、数年前の話。 月に一度ほど来るこのカフェで、ラテはいつもダブルサイズで届けられる。 ダブルサイズのラテボウルに、きれいな葉っぱが咲いている。 程よい温度にあたためられたラテに口をつけながら、自分が息を吹き返していくのを感じる。 この時に気づ

        • いつもの喫茶店_田舎の香り

          さわさわと、音。 稲が揺れていた田んぼは裸になり、土が顔を見せている。 冬の景色だな、と思う。 帰り道、田んぼに囲まれた細い道。右側に見える大きな木。不思議と力を感じる大木を横目に、イヤホンを外してみる。 さわさわ、と音。 イヤホンにふさがれていた耳に、自然の音が入り込んでくる。なんとも心地の良い音。 生きている感じがした。 今、ちっちゃな人生の岐路に立っている、と思う。今後この関係がどうなるかは、自分次第なのだろう。 けれど、一人でいるにはどうしても抱えきれな

        文章が書けなくなった

          恋愛映画を見れなかった

          いつからだろう 泣かずに恋愛映画を見れるようになったのは。 昔から映画を見るのは好きだった。 けれど、恋愛映画を見るたびに、悲しくなった。 それがいい映画であればあるほど傷ついた。 ほとんどの映画で描かれる二人は男女で、映画の中で描かれるようなロマンスや激情は、僕の方向を向いてはいなかった。 多感な時期に僕が出会ってきた恋愛映画で描かれる世界は、僕のためには存在していなかった。 「あと1センチの恋」を見て、もどかしくなる。なんでこんなにすれ違うんだ。こんなにも近くに

          恋愛映画を見れなかった

          été 85 - summer of 85 -を見た

          Le mardi 12 juillet 2022 どんよりと厚い雲が、僕の体ごと空気を重くする。 昼下がり、低気圧の負の影響を受けながら、何もせずじっとしている。 そんな中ふと目に飛び込んできたDVD。数日前に借りたままの映画が重なっていた。 選んだのは「summer of 85」。ずっと気になっていた映画だった。小さなシネマでしか上映されないような、静かな映画。 1時間40分の上映時間の中で、ぼくは 主人公の幸福、悲しみ、怒り、そして再生を経験した。 すごくナチュ

          été 85 - summer of 85 -を見た

          終わりのない関係なんて

          幸福だ。 幸福だ、と思う時、同時にひどく不安にもなる。 幸福であればあるほど、その種が消えてしまった時、落差に耐えられなくなってしまう気がして。 悲観的、と言うのだろうか。 現実的、とも言えるかもしれない。 冷めた考えだろう。 けれど、その急落下をいくらか経験してきたからこそ、幸福に懐疑的になってしまう。 自分には幸せになる権利があるのに、それを素直に受け入れることができないのは勿体ないとも思う。 幸福でいたい。 けれど、1週間に一度行くカフェで過ごす時間のよう

          終わりのない関係なんて

          手土産はBonne Mamanのクッキーで

          待ち合わせの時間にはまだ早かった。公園。 フランスのマナーでは待ち合わせの時間よりも15分ほど遅れていくのが暗黙の了解。 ここで暮らすようになってから8カ月が経った。とはいえ私は未だ日本人で、待ち合わせの5分前には到着してしまう。 「待つのは嫌いじゃない」 口ではこう言いつつも、内心ひやひやしているのだ。 「誰も来ないんじゃないか」 その日は、前日にお呼びがかかった集まりだった。 「公園でピクニックするから、時間あったら来てよ」 友人の友人の誕生日、ということらし

          手土産はBonne Mamanのクッキーで

          シュルレアリストではないけれど

          感情を表現するのがへたくそだ つくづく思う。僕は自分の感情に鈍い。その場で感情をうまく表現することができなくて、周りの人たちを困惑させてしまうことが、ままある。 自分の目の前で起きたことに対して、すぐに反応することができない。 プレゼントをもらったとき。心から嬉しいと思っているんだけど、その嬉しさや気持ちの高ぶりを、言葉や表情を使ってうまく表現することができない。だから、プレゼントを贈ってくれた相手を心配させてしまうことがある。 「あんまり嬉しくなかった、、、?」

          シュルレアリストではないけれど

          まだ書いていたい。想像力よどうか

          20時。ここ最近は22時頃まで外は明るい。 外が明るいからと言って時間の感覚が狂うかと言われればそんなことはない。けれど、この感覚に慣れてしまった今、日本に戻った後どんなことを思うのだろう。 明るい分には、元気が出てくるので個人的には助かっているんですがね。 最近、テンポよく書けている、という感覚がある。これまで2,3カ月に一つくらいの更新頻度だったものが、ここ1週間は毎日のように書いている。 調子がいい、と言えば良いのかもしれない。 けれど、2,3年前の自分が書いたも

          まだ書いていたい。想像力よどうか

          フランス日記⑤ ~5月1日はミュゲの日、メーデーの日~

          留学生活が始まって数か月後、何となく書き始めたフランス日記。 続かないだろうとは思っていたけれど、思っていたよりも続かなかった。自分の性格リストに「甲斐性なし」のワードが深く刻み込まれました。トホホ 日本国外で初めて過ごす年越をフランスで経験して、早くも4カ月が経った。光陰矢の如し、いはやはですね、なんて電話越しに母と話して、帰国がもう目の前に迫ってきていることに焦りを感じる。 まあ焦りなんて感じたところでどうしようもないので、日々を緩やかに生きるのみなんですが、ネ。

          フランス日記⑤ ~5月1日はミュゲの日、メーデーの日~

          尊敬と愛をこめて。自分語りのあとがき。

          ちょうど一週間前、自分についての記事を書いた。そしてある程度信頼している人たちに向けて発信した。 驚いたのは、思いのほか読んでくれた人たちからの反響が大きかったこと。 それも、感想や思いを言葉にして伝えてくれる人が多くて、すごく励まされた。 ここ最近、自分はすごく愛されていると感じる。周りの人たちに生かされている、と。 リスペクトをもって自分と接してくれる人たちがすごく多くて、これほど恵まれたことはないと思う。 正直なところ、書いた記事を投稿するのは簡単ではなかった

          尊敬と愛をこめて。自分語りのあとがき。

          5月1日。適当に寝る、適当に生きる。

          友だちの誕生日会に参加した昨夜。 バーでクタクタになるまで飲んで、バスで帰る。 クタクタになるまで飲むの、もうしんどい。もうこれっきりですこれは。 毎回そう思うのだけれど、気づいたら友達の勢いにのまれて最終の電車を逃してしまう。 ひいひい言いながら帰り、次の日昼まで寝て、15時くらいからようやく行動し始める。 長いこと寝るけれど、決して深い眠りにつけるというわけでもなくて。 良いことないやんけ。 フランスに来て7カ月。最近は寝つきが良くない。23時くらいには床について、

          5月1日。適当に寝る、適当に生きる。

          少し重たくて長い話。温め続けた下書き、自分の話。

          眠れない夜、あなたは何をしますか。 6:37 眠れずに明かした夜。寝るのを諦めて素直にNETFLIXに逃げた。 眠れない夜、そんな夜はフィクションの世界にこもるか、日記を書くかする。 新しく公開されたシリーズ、「HEART STOPPER」。 公開前から何となく知っていて、楽しみにしてた。 いくらか誇張しすぎな部分もあるように感じたけれど、性について悩む主人公と中学から高校の頃にかけての自分が重なって、一晩で見終わってしまった。 普段あまりドラマにはハマれない性で、い

          少し重たくて長い話。温め続けた下書き、自分の話。

          潮騒の少年

          気付いたら海だった。 家から徒歩5分、部屋の窓からいつも見ている海。 日は沈みかけていて、周りに人はいない。 ただ波の音だけが響いている、少し寂しい場所。一番落ち着くことのできる場所だ。 生まれてこの方、僕はこの街で生きてきた。何の変哲もない、大きくも小さくもない街。 ごくつまらない街。 同じ形をした家が並ぶ。同じ色の、同じ四角い家。住民たちはみんな同じ髪形をして、同じ服を着ている。同じ方向を向いて働いて、同じ方向を向いて授業を受ける。周りと同じであることが美徳と

          潮騒の少年

          2022年、たくさん愛してください。

          新年早々洗濯機が壊れている、朝。 朝から元気にストレッチして掃除もして、いざ溜まりにたまった洗濯物を片付ける時。エレベーターに乗り地下まで行った洗濯場、2台しかない洗濯機に張られた不穏な紙にドキリとする。 「en panne(故障中)」と書かれた張り紙は、ストレッチ後のストレスフリーな朝でも攻撃力抜群。 幸先の悪い朝に頭を痛めながらとりあえず友だちに現状を報告して、溜まった洗濯物は放置しておくことにした。 日本を出て3カ月、家族以外と過ごす年越しは2回目。日本以外で過ごすの

          2022年、たくさん愛してください。