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いつもの喫茶店_田舎の香り

さわさわと、音。
稲が揺れていた田んぼは裸になり、土が顔を見せている。

冬の景色だな、と思う。

帰り道、田んぼに囲まれた細い道。右側に見える大きな木。不思議と力を感じる大木を横目に、イヤホンを外してみる。

さわさわ、と音。

イヤホンにふさがれていた耳に、自然の音が入り込んでくる。なんとも心地の良い音。

生きている感じがした。


今、ちっちゃな人生の岐路に立っている、と思う。今後この関係がどうなるかは、自分次第なのだろう。

けれど、一人でいるにはどうしても抱えきれなくて、逃げ込んだ先は、いつもの喫茶店。

カウンター越しに店主と向かい合うその場所は、はじめは一人になるための場所だった。
いつの間にか、好きな人たちと集う場所になり、話しがしたくて行く場所に変わっていた。

今の自分や、自分の好きなものについて話すその時間、自分はまた、生きていると感じる。そうして他愛もない話をするうちに、少しずつ生活を取り戻していくのだ。



秋の終わりを感じる今、秋の到来を感じた瞬間を思い出す。

その日、突如体に入り込んできた香り。

金木犀だった。

はっきりとそれとは知覚してこなかった香りを、生まれて初めて「金木犀」だと認識した。

これがそうだよ、と誰に教えられた訳でもない。にもかかわらず、そうだと瞬時に認識できたのは、なぜだろう。そんなことは、分からなくてもいいいのだけれど。



冬の訪れに合わせて、いつの間にやら姿を消したその香りを、ある人は「切ない」と言った。その時の僕には、その感覚が分からなかった。

けれど分かる気がする。
今なら、その気持ちが。

ぼくのもとを去っていったあの人は、もう戻ってはこないだろう。

戻ってこないその人を、憎らしいと思う。

金木犀の香りばかりをぼくの思い出に残して、去ってしまった。

辛いのはいつだって、残された方だ。


折坂悠太の歌声に、田舎を思い出し。
カネコアヤノの歌声に、金木犀を見た。

そうしてその時、生きていると、感じた。

この気持ちを、忘れたくないと思った。

いつかは、素直に金木犀を愛でられるようになるだろうか。
どうか、なれますように。

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