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手土産はBonne Mamanのクッキーで

待ち合わせの時間にはまだ早かった。公園。

フランスのマナーでは待ち合わせの時間よりも15分ほど遅れていくのが暗黙の了解。

ここで暮らすようになってから8カ月が経った。とはいえ私は未だ日本人で、待ち合わせの5分前には到着してしまう。

「待つのは嫌いじゃない」
口ではこう言いつつも、内心ひやひやしているのだ。
「誰も来ないんじゃないか」


その日は、前日にお呼びがかかった集まりだった。

「公園でピクニックするから、時間あったら来てよ」

友人の友人の誕生日、ということらしい。
名前を聞くとそれが顔と一致しない。その日の主役は、私にとってそんな距離感の人だった。

特に用事もなかった。天気も良かったので、とりあえず行ってみることにした。

顔と名前が一致しない人の誕生日会。とはいっても誕生日会であることに変わりはないので、プレゼントという体で、クッキーと炭酸水をいくらか持っていくことにした。

主役の反応は正直どうでもよかった。なにしろ買っていったのは自分のお気に入り。Bonne Mamanのクッキーとペリエは、結局自分が食べたくて買ったのだった。

ピクニックだし。


その日来る予定の人たちは、どうやら集まりが悪いらしかった。30分経過してそこにいたのは、私と友人、それに仲のいいアメリカ人の3人だった。

遅れてくる分には別に構わなかった。ただ私は、早くクッキーを開けたかった。


そんな思いを紛らわそうと、公園の中を散歩に出る。
土がそこここに顔を出した芝生の上。チップスやクッキーを広げてピクニックをする人、木漏れ日の下で舟を漕ぐ人。
フランスの昼下がりだった。

気が利く22歳なので、私はスピーカーを持参していた。
好きな音楽を自分たちだけに聞こえる程度の音量で流す。目的もなくふらふら歩くのは、なんともステキだった。

Tom Mischはいつでも軽やかだ。

その時私は、見事にクッキーの存在を忘れていた。散歩に出た目的は達成されていたのだ。


元居た場所に戻った頃、知った顔がいくらか集まっていた。フランス時間を生きている人たち。

遅刻がどうとかで怒ったりはしない。ただ私は、早くクッキーを食べたかった。
クッキーはしぶとい。彼等は私に執着しているようだった。

Bonne Mamanの、ちょっと良いクッキー。赤と白でデザインされたパッケージも、早く開けてほしそうにしていた。気がした。


人は揃っていた。問題は、誰が最初に食べ物に手を付けるか、だった。
この時間が私は苦手だった。

友人の一人がチップスの袋を開けた時、救われた気がした。ピクニックスタートの合図だ。

私の目の前に確保しておいたクッキー。なんとも用心深い。
何でもないような顔をして封を開ける。

いつも見る、表面がざらざらしたチョコチップクッキー。クッキーを
食べた後、指に残った粉をありがたく味わうか、それともふき取るか。いつも迷う。

私は良識のある22歳なので、きちんとふき取った。涙と共に。

クッキーは、いつもと同じ味だった。いつもと同じ、優しく甘い、Bonne Mamanの味。


ピクニックの思い出なんて、そんなもんでよかった。
美味しいクッキーを食べた。
そんなもんで。

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