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#短編小説

【メルヒェンの蒐集001】蛙の王さま

【メルヒェンの蒐集001】蛙の王さま



 河津周作は不愉快な夢から目を覚まして、身を起こすとそこはホテルの、やたらと大きいわりにひどく硬いロココ調のベッドの上だった。目の前には菱形のの植物の様な模様が並んだ壁紙と、革張りのソファー、レースのカーテンのかかった窓からからは薄暗い部屋光が差しているのが見える。明るさからして既に昼前くらいだろう。横を見やると、皺だらけの白いシーツの上に、こちらの方に向かって身体を丸めて女が眠っている。河

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ミニマリズム

ミニマリズム

六月十日(木)列車に乗って仕事から帰り、いま一人部屋にいる。週末に作り置いておいた、牛肉とアスパラとトマトを炒めて塩コショウで味をつけた簡便な料理と、タッパーに入れておいた白飯をレンジで温めて、夕食として食べて、それから外で一服してから、風呂に入って、また一服して、いまだ。

なぜこんなことを書くのか。こんな暮らしを始めてからもうずいぶんと経った。平日の勤めが8時間、昼休憩を入れると9時間で、通勤

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「ぼくはさっき感じたズルズルと愛のようなものに自分が浸っていく気持ちを大事なもののように感じていたのだが、ズルズルがズルズルと一人で勝手に土俵に割っていったような気持になった」 保坂和志『草の上の朝食』

「ぼくはさっき感じたズルズルと愛のようなものに自分が浸っていく気持ちを大事なもののように感じていたのだが、ズルズルがズルズルと一人で勝手に土俵に割っていったような気持になった」 保坂和志『草の上の朝食』

 思いっきり芝生に飛び込んだシンをにこやかに眺めて、リュウはゆっくりと芝生に腰を下ろした。昨日まで降り続いていた雨も昼頃にはすっかり乾いていたが、芝はまだ少し湿っていた。こんなふうに芝生の上でブルーシートも何にも敷かずにまったりするなんて、おとなになって一度もなかったなと素直に思った。

 晴れやかな太陽のかがやきにあおむけになったシンは、五月の大気を肺いっぱいに吸い込んで気持ちよさそうにしている

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好きだよ、ナッちゃん

好きだよ、ナッちゃん

 冬の柔らかな日差しがそそぐ砂利交じりのアスファルトのプラットフォームの上をぼくは今歩いている。東京で暮らし始めていたから、高校に通うために使っていたこの駅に来るのは本当に久しぶりだけど、そのころにそうだったみたいにプラットフォームの一番奥の、列車の最後尾の車両の停車位置に立つ。そこには薄いトタンの屋根はない。だから雨の降る日には傘をさしてそこまで歩いた。きっかけは些細なことだ、車掌室越しに曲がり

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