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BAMBOO GIRL Ⅱ

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文芸社に今は時期じゃないね〜とつっぱねられてしまった、かわいそうな原稿たち。 SFジュブナイル『BAMBOO GIRL』の続編として書き始めた作品です。 本当に数えるほどですが実…
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#竹取物語

第三夜【この旅の結末はどこか】scene3

☆☆☆

 火継の肩と首の隙間に腰の出っ張りをひっかけ、左腕でがっちりとベルトを固定されてはいたが、空気抵抗によって二人がバラバラにされないのが不思議でならなかった。上昇する時は背中をくの字に曲げ、上向の空気抵抗を減らすのと同時に、火継からかかる力で胃が押し潰されることを少しでも避けようと努め、逆に下降する時はその小さな体からわずかでも離れないように、火継の脇腹に手を回してヒルのように頭をへばりつ

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第三夜【この旅の結末はどこか】scene2

☆☆

 京都に着いて一時間ほど経った頃か。
 二〇六系のバスを降りたセンジは、右手に高速道路、左手に瓦屋根の伝統家屋のたたずむ、未来と過去の逢瀬を歩いていた。乙組の担任・歴史の下園は、数人の女子生徒に囲まれながら先頭を歩いている。三十人あまりの隊列の隅々まで意識を配っているはずもない。しかし先ほど宿に着いた際に一度、出発する時に一度と、かなりの頻度で点呼を取る几帳面ぶり。目的地についたらまたやる

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第三夜【この旅の結末はどこか】scene1



 新幹線に乗り込んでから四十分ほど。窓に切り抜かれた景観は、一面の茶畑から灰色の市街地を経て、再び変化の兆しを見せていた。
 代わり映えしない田舎の風景に、突然無数のソーラーパネルが映り込む。しばらくして車体が微かな登りの傾斜にさしかかると、塀に塞がれた視界が一気に晴れて、一面に、キラキラと輝く紺碧の水面が姿を現す。
 京子は慌てて足元に置いた桃色のリュックサックのジッパーを引いて、足をもぞ

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第二夜【鬼の子】scene12

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 組織から逃げ続けてきた床無火継は、〈明治二十三年合意〉に記名した。不死者を縛り、そして保護するための法だ。
 翌々日、火継は初めて学校に『登校』した。
 宿直室の寝袋は撤去された。
 その朝、壁新聞部が西校舎屋上での出来事を大々的に報じた。浅間機関も、狐顔の男も、やはり何かの妨害策を送り込んでくることはなかった。ソラはその記事を見て、落胆とも興奮ともつかない思いを抱い

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第二夜【鬼の子】scene11

☆☆☆★☆☆☆☆☆☆☆

 京子は思い詰めた表情で、壁沿いに置かれた三人がけぐらいのベンチに腰掛けていた。下着の上に脇の開いた検査着だけを着るのでは、流石に一緒にいるのが友達でも心許ないだろう、ということでブランケットを借りていた。カラカラに脱水され、ブランケットというよりはバスタオルみたいな肌触りだ。
 エキジットマークがぼんやりと照らす棟内は、隣に座るセンジ以外に人気は皆無だった。目の前の放射

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第二夜【鬼の子】scene10

★★★☆★☆★☆★☆

 男は巌の影から出て、クリップボードを再び胸の前に抱えた。
 クリップボードの上には、青く縁取られた三枚ほどの薄紙が挟まっている。ソラとセンジには、見ずともわかった。紙に書かれているのは当該者・当該物の説明とアンケートのようなチェック欄だけである。浅間機関のリスク認定は、たった三枚の紙への記述によって決定される。
 そのプロセスは、人類の敵を断定するにはあまりに呆気ない。し

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第二夜【鬼の子】scene9

★★★☆★★☆★☆

 火継が屋上のドアを蹴り開けると、そこへ風紀委員、野次馬たちが続く。
 アラームの音量と頻度は増している。
 生徒たちは奇妙な一体感に包まれていた。まるで人類の天敵を彼岸の瀬戸際まで追い詰めたような、正義を旗印に悪を討伐するような高揚感があった。
 徳川勇は、少なからず誤算を感じていた。職員室か、あるいは保健室へ連れていくつもりだった。それが屋上に追い詰めたところで何になる。

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第二夜【鬼の子】scene8

★★★☆☆☆★☆

 昼休み。それは起こった。
 食堂を訪れるとすでに京子と知恵が一緒にいて、ソラは話しかけるのを躊躇っていると、背後から渡辺がやってきて声をかけた。
 ソラは気恥ずかしかった正直に、
「京子と話すつもりだったけど先約がいるらしいから、一緒にどう」
 と言うと、渡辺は席に目をやった後ソラに戻して、
「お前、知恵のこと好きなのか?」
 と言った。反射的に首を横に振ると、渡辺は少し安心

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第二夜【鬼の子】scene5

☆☆☆☆☆

 京子が火継と一緒に、授業に遅れて来た。京子の顔は興奮のためか火照っていて、ぶかぶかの体育着を着る火継はどこかすっきりした顔をしている。
 体育教師の左山【さやま】は、君が噂の転校生か、と言って歓迎した。
「何があったの」
 ウォームアップの屈伸に励む列へ混ざり込んだ京子に、ソラが訊ねた。
「女だけの秘密」
 ソラは眉にしわを寄せて、しばらく悩みこんだ。
 照りつける太陽が、夏の面差

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第二夜【鬼の子】scene4

☆☆☆☆

 転校二日目。
 教室へ戻る男子の流れに紛れて、理科の授業をふけっていた火継と、教室まで着替えを取りに行っていた京子はばったり出くわした。
 何かを話しかけようとして硬直する京子を火継は睨みつけたが、無論敵意を感じなかったためか手を上げることはなかった。
 やっとのことで話す内容を見つけた京子が言った。
「あの、火継さん、次の授業、体育なんだけど」
 火継は、幼子の戯れに付き合う大人の

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第二夜【鬼の子】scene3

☆☆☆

 ホームルームが終わるとすぐに京子は、黒板を経由してチョークを一本取ってソラの机の前まで飛んできて、
「なにあれ、見た?」
 と目を輝かせながら言った。
 遠くで京子の親友の知恵が、悔しそうな顔をするのがソラの目に入った。京子が真っ先にこちらへ来たせいだろう。その旨を京子に伝えようとしたが、彼女の爛々とした目に気圧され、結局、見なかったふりを決め込んだ。
「すごい。あの子すごいよ。私びっ

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第二夜【鬼の子】scene1



 菜箸をハの字に開いて卵黄の入った味噌汁茶碗に沈めると、上下左右に十回ずつ卵白を切るように動かす。卵白と卵黄が完全に混ざらないように、程々にしておく。
 顆粒ダシも溶いておこう。顆粒は小さじ半分で、水が五十ミリ。そこにほんの少し醤油と、味の素、それから塩を人差し指と親指の腹で摘んで入れ、軽く混ぜる。
 四角いフライパンに油をひいて、熱して待つ。ちりちりと音がしてきたら、茶碗の三分の一を注いで

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第二夜【鬼の子】

 私は、火を覚えている。
 空が一瞬にして光の膜で覆われ、視界の全てを業火が呑み、あらゆる生命が燼滅【じんめつ】する瞬間を知っている。
 階段に刻まれた人影。時を止めた時計。干上がった川。
 ただ私の足元にだけ、雑草が生い茂っている。
 私の手を強く握る背の高い男は、地平線の中心に、空高くどこまでも立ち昇る巨大な雲を背に歩き始める。
 全身を炎が包み込んでいる。不思議と痛みはない。あれだけのことが

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第一夜【サイカイ】scene8

★☆☆☆☆☆☆★

 小型のプールにシーソー、五段ほどの階段を備えた子供の遊び場のようなステージで、ブリキのバケツを持ったスタッフがペンギンたちに囲まれている。トランペット型のスピーカーからは、タンバリンの音が目立つ明るいメロディーが流れている。
 トレーナーが指示を出しながら魚をやると、プールの上に浮かぶ薄いビート板の足場を、ペンギンがバランス感覚よく歩いていく。三つの足場を渡りきった一匹が物欲

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