読書感想 『水中の哲学者たち』 永井玲衣 「日常的な哲学」
哲学カフェ。
最初は、怖くもあったのだけど、実際は、自由で誠実な場所であって、だから、考えることの必要性だけでなく、その楽しさも少しわかったような気がする。それは、最初に行った場所に恵まれていた、ということでもあると思う。
だから、それ以来、哲学に対して、以前よりも距離は近くなったものの、それをきっかけに、名前だけは知っている「哲学者」と言われるような人の本を読んだのだけど、わからなくて、何がわからないかわからない。という感覚に久々に覆われて、本当は、哲学には近づくことができないのでは、という気持ちと、もっと勉強しないと、という思いと、それはしんどくて無理です、という言い訳のようなものが、混じっている状況が続いている。
それでも、哲学対話、という言葉を見ると、読んでみる。
そして、久しぶりに、哲学対話、が更新されていたような思いになった。
『水中の哲学者たち』 永井玲衣
例えば、現代美術の世界。
「難しいと思われがちな現代美術ですが…」という枕詞のような説明は、すでに30年前から続いている。つまりは、そこから進んでいないと思うけれど、それだけ必要とされていないのではないだろうか。同時に、現代美術を必要とした人間は勝手に見に行って、考え、また見てを繰り返していって、さらに必要になっていくという作業をしているはずだ。
哲学の世界も、似たような印象がある。
今の自分自身でも、まだとても分からないと敬遠しがちな部分はあって、かといって、例えば、物語のように書かれて、そこに「大哲学者」が現れてわかりやすく語る、といったものを読むと、返ってやっぱり、その「大哲学者」の原著を読まないと、という微妙な焦りが残ったりもする。
もちろん、哲学をもっときちんと学ぶ場所や方法はあると思うし、自分がそれを知らないのは怠慢や無知で恥ずかしい部分があるにしても、これまでの印象だと、スタジアムで高度なプレーをしているようなプロフェッショナルな世界と、こちらに向かってヒザを折って優しく手を差し伸べてくるような入門教室の両極端に分かれていて、その中間がないように感じていた。
誠実で真剣で、自分でも考えてきたけれど、それでいて参加することで、一人では届かない場所へ行けるようなフェアでカジュアルな世界がなかったことに、この本を読んで、改めて気がついたのは、筆者が文中で書いていた、ある哲学の研究者に感じたのと似たことを、この本を読みながら、感じ続けていたからだった。
上でも下でもないフラットな対話を重ねることで、そして、そこの場所でしか感じられない何かで、人が少し変わるかもしれないこと。もしかしたら、少しでも自由になれるかもしれないこと。そんな気配が伝わってきた。
日常的な思考
どこで読んだのか覚えていないが、哲学を専門とする人が、こんな話をしていたのを、ぼんやりと記憶している。
現代哲学は、フランス人が中心になっていると言われていて、その思想は、とても難解だと思われている。確かに、誰でもわかる、ということではないかもしれないけれど、ただ、その使われている言葉自体は、翻訳されている印象よりも、もっと日常的だから、その哲学に対する印象も、例えばフランス語を理解できる人だったら、全く違ってくるかもしれない。
これは、とても不正確な記憶に過ぎないし、私自身も哲学に詳しいわけでもなかったけれど、哲学があまりにも日常と切り離されたものとして扱われているのは、少し変だと思っていた。本当は、哲学はもっと日常的で、でも「現実」とは違った思考ではないだろうか。だけど、そのことは、そこまで考えていて、しばらく忘れていたのは、そこから先に自分だけでは行けなかったせいだと思う。
そうした保留していた考えも、この本を読んで思い出したのは、この筆者の行っている哲学対話や、筆者の普段の思考が、まだほとんど見たことがない「日常的な哲学」だと思えたからだった。
この著者の姿勢は、とてもフェアだと思う。
学校と哲学
例えば、私のように年齢を重ねても、子どもがいないと、教育現場からはより遠くなる。だから、たまに、その現場を知る人の話を聞くと、場所によっては、昔よりも、もっと「優しい圧力」が増しているような話を聞いて、ちょっと重い気持ちにもなる。だから、昔もそうだし、今も、学校と哲学は相性が良さそうで、あまり良くないようだ。
こういう人が哲学対話のために訪れる学校に通っている子どもは、やっぱり、うらやましい。
突き放さない思考
読んでいて、著者の不思議な強さを、あちこちで感じるのだけど、それが、どんなことでも突き放さずに、そこに入り込むように考えることを繰り返してきて、その時間の中で、思考の持久力を養ってきたのかもしれない、と思う。
そんな過剰敬語に出会った時、筆者は、こうして思考を深めていく。
哲学対話。哲学カフェ。考えること。悩むこと。
そうしたことに興味が少しでもあれば、私もそうだったのだけど、哲学や考え続けることの可能性みたいなものを、この書籍を読むことでも、感じられるような気がする。
深みにはまっていく、というよりは、考えが広がって、少し気持ちが軽くなるような本でした。その不思議な感触は、全編を通して読んでもらえたら、より強く感じられると思います。
(こちらは↓、電子書籍版です)。
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