宇宙飛行士が、とても「健全」である理由を想像する。
宇宙飛行士、という言葉には独特の響きがあるようで、好きな人はとても好きだという印象がある。
以前、『宇宙兄弟』というマンガもあった。
この作品は、2007年から連載開始で、すでに、日本人の宇宙飛行士が何人も登場していたから、もっと昔の宇宙モノとは違って、実現可能な目標として描かれていたようだった。
それでも、この『宇宙兄弟』でも、宇宙飛行士になることを、「壮大な夢」と表現していたから、仕事で言えば、医者や、弁護士や、公認会計士といった、今の日本でも、誰が聞いても「強い肩書き」と同様に、というか、それ以上に、宇宙飛行士、という肩書きは、特別に「強い」イメージがある。
最初の宇宙飛行士
人類で、一番最初に宇宙飛行をした人の名前は、以前は、多くの人間が知っていた。
ユーリ・ガガーリン。
そして、宇宙から帰ってきてからの言葉も有名だった。
「地球は青かった」
旧ソ連が、アメリカとの競争に勝ち、最初に宇宙飛行を成功させたのだけど、この名前と言葉を、その波瀾万丈な人生と共に、1970年代までは、多くの日本の人も知っていた印象がある。
最初の月面着陸
そして、その後、今度はアメリカが、初めて月面に人を送り込むことに成功した。それは、1969年の出来事だったから、初めて人類が宇宙飛行に成功してから8年後なので、それは、やっぱりソ連とアメリカの競争があってこそだとは思うけれど、「早い」偉業という印象が強かった。
そして、この時の、宇宙飛行士の言葉も、おそらく、当時は誰もが知っていた。と言っても過言ではなかった。
アームストロング船長、という言葉も覚えやすく、それに、映像で見る宇宙飛行士は、遠い国の人でもあるし、間違いなくエリートではあったものの、当たり前だけど月面着陸に関しても宇宙飛行士だけの偉業ではなく、巨大なプロジェクトの一員であるのは伝わってきた。
だから、たった一人で何かを成し遂げてしまうような(それ自体も幻想だとしても)冒険家は超人っぽく見えていたのだけど、やはり、宇宙飛行士は、そうした冒険家とは違うと思っていた。
宇宙飛行から、月面着陸までの年月が「8年」と短かったから、勝手に、人類としても、もっと早く、火星にも木星にもいくと思っていたのだけど、人類が、それ以上遠くにいけなくなったのは、アメリカのような大国の、さまざまな政治的な理由もあるのだろうけれど、それから長いこと、人類が月や、それより遠くに行くことがなかったため、アポロ11号の着陸さえ、「陰謀論」のように言われ始めた。
1999年に、ポルノグラフィティという日本のバンドが、アポロが月に行ったのが、僕らが生まれてくる、ずっとずっと前。という表現をしたことで、あの「偉業」がとても昔のことになったのは実感したから、「陰謀論」が出るのも仕方がないとは思った。
最初の日本人・宇宙飛行士
その後、アメリカは、月には行かないとしても、1980年代から、宇宙飛行をするスペースシャトルを開発した。それは、機体が再利用されたり、地球に戻ってくる時にも飛行機のように着陸するから、以前のロケットのようなイメージとは大きく違っていた。
アポロは、発射してから機体を切り離して上昇したり、帰還するときは、パラシュートで海に着水する、といった印象が強すぎたため、飛行機のようなスペースシャトルに乗る人は、間違いなく宇宙飛行士なのだけど、ミッションを遂行するエリートの印象がより強くなった。
そして、1980年代半ば、最初の日本人宇宙飛行士は、そのスペースシャトル搭乗予定の毛利衛氏のはずだったのが、さまざまな出来事もあり、それより先に宇宙へ行ったのは、ソ連の宇宙船に乗った、当時TBS社員の秋山豊寛氏だった。
1990年。ソ連崩壊の直前のことでもあった。
(詳細は、こちらの記事↓にも書かれています)
「これ、本番ですか?」
これが、秋山氏が地球上からの呼びかけに反応した第一声として、有名になったが、それはジャーナリストらしい言葉でもあって、印象にも残る声でもあった。
(のちに、著書のタイトル↓にもなっている)
短歌
日本で、宇宙といえばJAXAだが、そのホームページには「よくあるご質問」というコーナーもあって、「これまでに宇宙へ行った人は何人いるのですか?」という質問もある。
そして、その表には、多い順から、アメリカ・356人、ロシア(旧ソ連)・132人、中国・16人に続き、日本は14人を数えている。それは、意外にもドイツやカナダ、フランスよりも多い数字だったし、日本人は、毛利衛氏をはじめとして、JAXA所属で宇宙へ行った人が大部分のはずだった。
だから、最初の宇宙飛行士の秋山氏の方が、日本人の宇宙飛行士のルートとしては、異色と言ってもいい。
だが、「これ、本番ですか?」という言葉以上のインパクトのある声は、それ以降、日本人宇宙飛行士から聞いた記憶も薄かった。でもそれは、もっと関心がある人から見たら、ただ知らないだけの可能性もあるものの、個人的には「宇宙飛行士」の言語で、秋山氏以来で、気になったのは「短歌」だった。(正確にいえば、上の句)
自分自身が、基本的に、素直ではない人間という自覚もあるし、それほど和歌に詳しくもないのだけど、特に現代の短歌は、言葉にできそうにもないことを、なんとか定型という中で伝えようとする、かなり心の温度や湿度の高い作業でもあると思っていた。
だから、宇宙飛行士・向井千秋氏の、この上の句の真っ直ぐさに、どこか驚くような気持ちになり、さらに、宇宙から地球という環境の違うところにいる人へ向けて、下の句を募集します、という呼びかけをしたことも、自分のような人間からは、遠すぎる出来事に感じた。
そして、それに応えて、選ばれた2作は、その真っ直ぐさにきちんと真正面から向き合える人がいる、という驚きもあった。
こうした短歌にまつわる一連の出来事自体が、私には、あまりにも縁がなかった。どうして、とても遠くに感じたのかと考えると、それは、あまりにも「曇りなく健全」であって、私にとってはまぶしすぎたのだと思う。
宇宙飛行士の「健全さ」
2023年現在、その「曇りなき健全さ」について、改めて思い出したのは、宇宙飛行士としてギネス記録も保持しているという野口聡一氏を、テレビなどで、よく見かけるようになったからだ。
その発言が、とても「健全」でバランスが良く、それゆえに、特に最近は出演者に「陰キャ」が多いと言われ、そこに焦点が当たりやすくなっているテレビ画面の中では、逆に少し異質に見えた。
その著者を読むと、宇宙飛行士の間の人間関係の難しさもあったり、「燃え尽き症候群」に苦しんだりと、表面的には分からない苦悩もあるのを知るのだけど、それでも、やはり全体の印象としては、とても「健全」であることは間違いなかった。
同時に、改めて、野口聡一氏だけではなく、宇宙飛行士の人たちは、そのキャリアもエリートとして日の当たる場所を歩いてきた、という印象が強い。
(今回、選出された2名の方も、間違いなくエリートです)。
「健全さ」の理由を想像する
宇宙飛行士の輝かしいキャリアや、「曇りなき健全さ」に、屈折した人間である私は、反射的に違和感を覚えてしまうのだけど、少し冷静に考えてみれば、その「理由」が想像できた。
たとえば、私のように生きていく途中で(軽めとはいえ)理不尽な目に遭い、「世界が敵」に見えて暗い怒りで満ちた時期があり、今でも、その感じが完全に抜けないような自覚があり、その後は、自分の受けたような理不尽な思いを、他の人にさせたくない、という、いまだに十分な成果をあげられていない目標を持ちながらも、もし、宇宙飛行士になった(無茶な想像なのはわかっていますが)とする。
そして、宇宙での長期間の滞在の際、地球上の人間から、宇宙空間にいる人間に対して理解のない発言があったとすれば、もしくは、宇宙船内において、差別的な扱いを受けた場合、過去に暗く強い怒りを持って、(無自覚なまま)まだ完全に解決していない人間は、そこで、暴発する可能性がある。
世界情勢的に見れば、ハイジャックよりも危険なスペースジャックを起こせる能力はないとしても、何かしらの有害な行動をしてしまう可能性は、屈折を抱えた人間の方が、ずっと日の当たる場所を歩いてきて、基本的に「健全」な人間よりも、はるかに高いはずだ。
だから、「健全」で屈折の少ないエリートを、宇宙飛行士に選ぶのも自然なように思えてくる。
もしくは、過去に、そうした理不尽な思いがあったとしても、それを、十分にカバーできるほどの、その後の成功がある人も、そうした暴発をする危険性が少ないから、民間の宇宙飛行も、社会的な成功者しか体験できないような値段設定をしている部分もあるのだろう。
(苦難を乗り越えた人間の強さや成熟度の高さは、社会の中では、もっと高く評価されるべきだけど、宇宙飛行士を選抜する際には、そこまで見抜くのは難しそうなので、そうした人が宇宙飛行士に選ばれるようになるには、もう少し時間がかかりそうだ)。
同時に、民間の場合は、宇宙飛行の金額をとても高いものに設定すれば、その宇宙飛行を自ら台無しにするようなことをさせないような、気持ちの上でのブレーキになることも考えて、高額にしているのかもしれない。
だから、『銀河鉄道999』では、宇宙旅行が一般的になったとしても、それが利用できるのは、一部の金持ち、という設定のはずだった。それは、フィクションとはいえ、宇宙旅行の安全性を高めるために、必要なハードルなのかもしれない、などと思った。
これが正しいかどうかは、まだ、よくわからない。
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