見出し画像

つらつらと。

前回はこちらです。↓
毎日の出来事をつらつら書いてます。時々ですが。

九月は本当に    苦月だった。

初っぱなから入院してすぐに手術して。麻酔が覚めてから娘の顔をみてからリカバリー室で水も飲めず、動けない。

パソコン持参でテレビは全く観ることなく、動けるようになったらWi-Fiの繋がる食堂まで歩く。

優しいご婦人に出会えたことに感謝もしている今。

朝早く目覚め、することなくタブレットだけ抱えて食堂に出向いた。

そのご婦人は小柄でなにやら備え付けのオーブントースターで餅を焼いている。

      おはよう、早いね。

隣の隣の病室の方だった。

     おはようございます。

ご婦人は私に「お餅、好き?食べない?焼きたてだから美味しいよ?」と笑顔でニットキャップを直しながら小さなお皿を渡してくれた。

ありがとうございます、と、こんがり焼けたお餅は芳ばしくて「あっつう」、と私が食べながらつぶやくとニコニコして「また、焼いたら食べよ?ね。食欲出さないと、ね」としっかりした声で励ましてくれた。

お手洗いと下半身だけのシャワーのための浴室、そしてコインランドリーのブースの狭い空間の廊下を行き来する他はパソコンをいじり、スマホは常にマナーにしていた。

ああ、九月が半分過ぎちゃう、日が短くなるな、と小さなノートと筆記具でチマチマ思いつくままに短歌や自由律俳句、川柳、俳句もどきなどを書いていた。

思い出すのは入院する時に送ってくれたR氏の白いクルマ、彼の後ろ姿、そして愛猫のことばかりでさみしくてたまらなかった。

・・・

     病室の
真白きシーツの        皺の跡    
           あなたのシャツを 
  思い出す

・・・

やわらかな  
      和毛のついた      パジャマみて  
     長いしっぽと    にゃあが聞こえる

・・・

消灯の薄明かりの中  
  一人寝に    泣く

・・・

秋の空     いつも見る空    青の色

・・・

    麻酔覚め
痛む胸押さえ誓いし
  心だけで       泣け

・・・

   かばんあけ
背の君想う   青いシャツ

・・・

     夢をみて   
起きる汗ぬぐい        右を向いては       猫を探して

・・・

ピンク色の小さなノートの走り書き。

スマホの重たさに右手がびっくりしている。

ある夜、お餅のご婦人が「退院するよ、私、明日、ね。がんばってね!あんたはきっと治るから!ね!」と手を握ってくれた。細くて白い冷たい指先が私の母のように感じて泣きたくなってしまったがこらえた。

おめでとうございます、お餅、美味しかったです。

私はペコリと頭を下げ、笑ってみせた。

その数日後、担当医から「そろそろかなぁ、退院して大丈夫かなぁ、ドレーン(胸から出る液体を抜くために管のついたビニールのバッグ)、取ろうか?」と告げられ、言われた通り、その三日後に私は退院できた。

R氏が迎えに来てくれた。

嬉しいのに退院した後に私は異常に神経が高ぶっていた。

傷、みられたら?嫌われる、嫌だ、って思われる。

生活音に敏感な私は余計に過敏になってしまった。
眠れず、痛い。同じベッドで休めない。

つらい。つらい。つらい。

ついには今までで最大の癇癪を起こしてしまった。

通院が便利なようにマンションに一時、ちゃーちゃん連れて滞在する、とは話してはいたけど。

猫を先に、そして少しの荷物は彼が一緒にマンションに運んでいてはくれた。

送るから?早く、乗りなさいよ?   R氏がクルマで追いかけてきた。天の邪鬼な私はありがとうとは言えなかった。

私は言ってはならないことを吐いてしまい、大きな荷物を左手に抱えたまま振り向きもしなかった。Uターンして黙って戻るクルマからタイヤがキャーン、と鳴る。

真っ暗い部屋にちゃーちゃんは先に待っていた。

私は泣いた。

またやらかした。しかも私はうちにあったすべての酒を流しに捨てていた。

ヒステリックに捨てていた。

酔うから私にくどくど言う。悪いのはみんなこの悪魔の水のせいよ?と自分のリキュールも流しに捨ててしまっていた。まるで昔、母が酔って困らすから倉庫の一升瓶を全部叩き割った時みたいに。

其れからしばらくギクシャクしてはいたけど私は彼に謝った。

          ごめんなさい。

しばらくは別々に暮らして行き来しながら、少し離れてみるのもありかもしれない。

今は仲直りしてはいるし、彼のお誕生日はこのマンションで二人と一匹でお祝いをした。ケーキにろうそくを立て、部屋はくつろげるようにアンティークの円卓は隣の部屋へ。低いテーブルをおいて。

黄色い彼岸花は少し傷んできたけど、喧嘩する前は赤、白、其れからこの黄色い彼岸花を飾っていたのをR氏はみている。

以前はこの円卓をおいていた。椅子と一緒に。

写真には造花だのクマさんだの乗っかっているけど。

……お誕生日おめでとう、のあと、ろうそくを吹き消しながらR氏は言った。

うーん、こんなろうそくのケーキに息を吹きかけてなんてばぁばのおかげかもしれないな、うーん。

上機嫌で彼はYouTubeで懐かしい歌謡曲を聴いている。

昭和感まるまるの歌謡曲。

ばぁば。シクラメンのかほり、って、まわたいろ、ってどんな色?

綿みたいに純白のことよ。

薄紅色?

あ、ピンクね。薄い赤だからピンク。

シクラメンのかほりかぁ。

あのね、Rさん、シクラメンね、じつはかおりがしない花なんだよ。

えっ?

・・・

それから話が二人して作詞の話しになっていき、例えば彼岸花なら?と彼は言う。

あなたなら彼岸花でなんか書けるかなぁ。うーん。

私は紙に書いて読み上げてみた。

あのさ。今、詠んでみました。

「秋陽の色の曼珠沙華   
 手折りて散歩   夕暮れに   家路を急ぐ  九月の畦道」

あきひのいろの  まんじゅしゃか  たおりてさんぽ  ゆうぐれに  いえじをいそぐ  くがつのあぜみち

秋陽(あきひ)の色はまんじゅしゃか、彼岸花の赤みたいな夕陽、その花を摘んで散歩していたら九月はもう陽が暮れるのが早いから早くおうちに帰らなくちゃ、な、あぜ道の風景ね、と。曼珠沙華は濁点嫌なんでまんじゅしゃか、ねマンジュシャゲでなくて。

ふーん。あっ?今、俺のおかげで詠んだわけだ!

R氏は得意そうに笑ってベランダで煙草に火をつけた。

そうかも、ね。

私も笑った。

九月は長月。私には長い苦しい月になってしまったけど。

そしてしばらく別々に生活するわけだけど。

今までも喧嘩はたくさんしてきたけど離れてみて新しく発見できることもある。

私たちは夫婦ではない。だけど私は彼を大切な存在で人生の相方だと今でも思っている。

彼へのバースデープレゼントはヴィンテージのスコッチウイスキーにした。

流しにお酒を捨ててしまったお詫びと、そして苦い九月を飲み干してもらい、あとに残らないものを選んだ。

私は彼のオンリーでいることには今のところ変わりはない。ちゃーちゃんは不満げだけど。
旅は道連れならぬ猫は道連れになって申し訳なく思うけど。

別宅を借りたのは仕事探しのためと、もう帰る実家は捨てた私の「実家」にするためだったけど。

今はまだ治療がいるし、また近々入院して手術する。

病院に近いところに休める部屋を作っていたのはまるでこの罹患を神様が示していたのかも知れない、とベランダからの景色を眺めている。

   ゆー。

この記事が参加している募集

私の作品紹介

サポート誠にありがとうございます。励みになります。私の記事から愛が届きますように。