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消えた、ジミー・ペイジ [短編小説]

寝苦しい夜だった。
夜間でも、気温は25度を下回らず湿度も高い。
扇風機は室内の生暖かい空気をかき混ぜているだけで、いっこうに涼しさは感じられない。
さっき入浴したばかりなのに、既に肌が汗ばんでいるようだ。

なかなか寝付くことができず、私は寝返りを打つ。
溜め息をつき、薄く目蓋を開く。
月明かりのせいで、室内はぼんやりとした仄暗さだ。
暗がりの中でも、タンスや本棚の輪郭がおぼろげに分かる。

その時、視界の隅で何かが動いたように見えた。
目を細め、首をそちらの方向に向ける。
そこの壁には、ジミー・ペイジのポスターが貼ってある。つい最近、友人から譲り受けたのだ。
ライブでギターを弾く白黒のポスターだ。

    ん?
何かがおかしい。
私は目を凝らす。

  動い……てる?   
   えっ?!
ギターを弾くジミー・ペイジの手が、あたかも
ギターを弾いているように、動いて見えるのだ。
イヤ、本当に動いている。

  まさか、気のせいよね。

一度目蓋を閉じた。
そして、ゆっくりと開いた。それは無駄な抵抗に終わった。

やはり、ジミー・ペイジの手は動いていた。
ネックを握っている左手は左右に移動し、右手は上下に動き、彼の顔も髪も揺れている。

   幽霊?!
イヤ、彼は死んでないよ!
では、幻覚か?

何だか、怖くなってきた。
見なければいいのだが、怖いもの見たさというか
気になって見てしまう。
気のせいか、ギターの音色まで聞こえてきそうだ。

ダブルネックギターだから、大好きな曲
天国への階段のギターソロのフレーズを弾いているのだろうか?

イヤ、そんなことより、この現象をどう捉えたら
いいのだろう。
普段の私は霊感など、一切なかったのに。

ギターをかき鳴らすジミー・ペイジは、今にも
ポスターの中から出てきそうなほど動きが激しく
なってきた。

取り敢えず寝返りを打って、ポスターから目を
逸らそうとした。 

イヤな予感がした。金縛りに合う直前の、あの
何とも言えない感覚。
徐々に全身に重圧を感じ始めた。
力士にでも、押さえつけられているかのようだ。
そして、ガチガチに固まっていく。
しまいには、指一本さえ動かせなくなった。
霊感はないのたが、時々こんな現象に見舞われるのだ。
私は怖くなり、ぎゅっと目を閉じる。
得たいの知れないものが目に映るのを防ぐためだ。
実際、そのようなものはないとは思うが、万が一のためだ。

金縛りは霊的なものではないと言われているが、
それでも何とも言えない薄気味悪さだ。
私は金縛りから開放されるのを、重圧感に耐えながらじっと待ち続けた。

どれくらい、時間が経っただろうか。
気づくと、体は元の状態に戻っていた。
ポスターのジミー・ペイジは、まだ動いているのか気になった。でも、これ以上怖い思いはしたくない。
ポスターとは反対の方向に体を向け、私は眠りが訪れるのを辛抱強く待ち続けた。


カーテンの隙間から差し込む朝日と蒸し暑さで
目が覚めた。
あれから、いつの間にか眠りに落ちたようだ。

動いていたジミー・ペイジが、どうなっているのか気になった。
私は額の汗を拭い、恐る恐るポスターの方向へと目を向けた。

  ん?! えっ?!
ポスターは、もぬけの殻だった。
いない、のだ。
グレーがかった背景しか映っていない。
ジミー・ペイジが、いないのだ。

消えた? 
どこへ?
まさか、夜になるとまた戻ってくるのか?
イヤ、仮にそんなことがあったとしたら、
たまったもんじゃない。

私はしばし、この不可思議な現象について考えようとした。が、止めた。
この世には、化学で説明できないことがある。
薄気味悪さは拭えないし、少し強引ではあるが、
考えてもどうしようもないことは、考えないことに決めた。
ただし、ポスターは剥がすことにした。

これ以上、眠れない日々が続くのは
ごめんだわ。











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