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松下幸之助と『経営の技法』#149

7/13 自然に、素直に叱る

~それぞれの持ち味に応じて自然に叱る。作為をもって叱ることは、厳に慎みたい。~

 僕のことをいえば、大体叱る時は無我夢中でしたよ。心して叱るとか意識して叱るということは滅多になかったですな。また、心して叱っていたのでは、相手は少しもこたえんですわ、本当は……。だからストレートに叱る。
 しかし、これは僕なりの叱り方であって、それが必ずしも最善だとはいえないでしょうな。人によってそれぞれ持ち味が違うのですからね。すると、結局はその人その人の持ち味で叱るということが非常に大切になってくる。ただ、この際、注意しなくてはならないのは、作為をもって叱る、さらにいえば私心というか邪心をもって叱る、これだけは厳に慎まんといかんでしょうな。やはり自然というか素直でなくてはならない。
 まあ、よほどの叱り上手であれば、こういう場合はこうして叱るとか、あの場合にはこうだとか、はじめから想定して叱れるかもしれませんが、その場合でも、何らかの作為があってはいけないと思うのです。いずれにしても、素直に叱るということがやはり一番大切なのではないでしょうかね。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 松下幸之助氏の言葉は、管理職者に部下を育てるコツを伝授するもののようです。
 注目すべき1つ目のポイントは、管理職者の重要性です。
 例えば、塩野七海の「ローマ人の物語」では、古代ローマ帝国の強さの1つとして、同化政策に続けてローマ軍の強さを指摘していますが、そのローマ軍の強さは、中間管理職に該当する「百人隊長」の能力の高さに理由がある、と分析しています。
 経営者自身が経営に関する細かいことまで全て関与し、コントロールする場合であれば、中間管理職は不要となりますが、会社が経営者のキャパシティーを超えて発展するためには、経営者から経営権限の委譲を受け、それをやり遂げるべき役員や従業員の存在が不可欠です。
 そして、役員や管理職者に委譲する権限のうち、最も重要な権限は人事権であり、その中でも従業員を育てることは、中長期的な経営問題として重要です。そのため、役員や管理職者が「指導者」となるための教育も、経営として重要な問題になるのです。
 2つ目のポイントは、「叱る」ことの目的です。
 一方で、会社組織の一体性のために「叱る」場面は、容易に理解されます。指揮命令を忠実に遂行させるために、「叱る」のです。
 特に、ハラスメント問題がクローズアップされ、管理職者からアプローチするコミュニケーションが難しくなっている現在、リスクがあるから叱らない、という安易な選択に流れがちですが、だからこそ「叱る」ことの重要性が際立ちます。
 極端な事例では、教授が学生を叱れなくなったために学級崩壊を起こしている大学の例が挙げられますが、それに限らず、管理職者が部下を叱ることができずに、部門をコントロールできず、部門としての機能が崩壊している場合もあります。企業であれば、そのような管理職者は当然、管理職者としての適性がないと評価されますので、遅かれ早かれ、そのような管理職者は管理職者としての権限や立場を剥奪されます。この意味で、管理職者の「叱る」能力は、管理職者自身が任された業務をやり遂げ、管理職者として評価されるために必要なのです。
 さらに、叱れない状況は、経営上も問題です。従業員の自主性が上がるのかもしれませんが、組織の一体性が確保できず、会社が組織として活動するという組織の存在理由そのものを否定することになりかねないのです。
 他方で、従業員の自主性を育て、むしろ会社組織の多様性のために「叱る」ことも重要です。単純化すれば、指示待ちで、自分で主体的に考えようとしない従業員を「叱る」ことによって、主体的に考え、取り組むことの重要性を理解させていく場面などが想定されます。
 3つ目のポイントは、「叱る」方法です。
 この点こそ、松下幸之助氏が一番伝えたいと重点を置いているポイントです。すなわち、「私心」「邪心」で叱るのではなく、「素直」「自然」「ストレート」に叱ることが重要としています。
 もちろん、個人差があることは氏も認めていますが、「素直」「自然」「ストレート」を勧める理由について、氏は、そうでなければ、相手が少しもこたえない、という点を指摘しています。
 もちろん、本音で付き合うことのデメリットもあり(暑苦しい、逃げ場がない、など)、本音だからこそのメリット(本気が伝わり、相手も本気にならざるを得ない、駆け引き問題にしない、など)と、自分自身の適性を考慮すべきことです。ここで、デメリットをメリットが上回るかどうかは、見極めるだけでなく自らアプローチすることで、状況を変えていける問題でもあります。
 特に重要なのは、コミュニケーションです。コミュニケーションが普段から取れていない上司が、部下を叱っても、部下から見れば、それはあまりにも唐突です。街中で、見知らぬ人に、すれ違いざまに突然怒鳴られるのと同じであり、叱られた方は、何かしらの害意や敵意があるのか、それとも何かしらの教育的配慮や親切心があるのか、の区別すらつきません。普段からのコミュニケーションにより信頼関係が構築されていなければ、いくら叱っても効果がなく、むしろ「ハラスメント」と評価される危険が高いのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者の資質として、「叱る」ことができる能力があげられます。
 これは、上記の通り、普段からコミュニケーションが取れていなければできないことです。さらに、「叱る」ことの言い訳に、ハラスメントのリスクなどを上げる経営者がいますが、その問題点を正しく見極め、必要な場面では責任とリスクを取って「叱る」ことができるということは、リスク管理とリスクテイクという、一見矛盾する問題について逃げずに正面から取り組むことであり、その意味でも高く評価すべき点です。

3.おわりに
 上司と部下の関係は、職場で一緒に仕事をする、しかし一方が他方に対して指揮命令権を有する、という意味で、本来、とてもデリケートです。
 けれども、軍隊に例えられるような、強烈な指揮命令権も、ハラスメントに強調されるような、従業員の自主性も、いずれもどちらかだけが満たされればよいというものではありません。組織は一体でなければ意味がないけれども、多様性を維持しなければ、社会に受け入れられず、社会に対応できないからです。すなわち、このような対立すべき価値を両立させるというバランスが重要な問題なのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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弁護士法人キャストのパートナー。日米の弁護士、証券アナリスト、経営コンサルタント。約20年の社内弁護士経験。 社労士向けの【芦原労判ゼミ】はashihara@cast-law.comまで。