見出し画像

松下幸之助と『経営の技法』#169

8/2 人と組織

~人を中心として組織を組み立てるか。組織に適当な人材をあてはめるか。~

 会社の経営というものは、何と申しましても人が中心となって運営されていく。組織とかいろいろ重要な問題もございますけれども、しかし、組織はどうしても第二義的に考えられるのであって、やはり人が第一である。人を中心として組織が組み立てられていくと、こういうように目下の松下電器では考えねばならんかと思うのです。国の政治機構でありますとか、そういうようなことになりますと、政治組織、機構そういうものが先にあって、それにあてはまる人が就任されて国政をとるというようになるのでありますが、向上の途上にある今の松下電器の実情におきましては、人を中心として考えないといけないと思うのであります。
 組織は、人を生かすために、適当につくっていくと、こういうように今のところは考えてよくはないか。松下電器がさらに大きな経営体になって、組織というものを中心として、それに適材をあてはめていく、というような時代も私は来るかと思います。しかし、今のところはまだそう考えてはいけない。やはり人を中心として考えていかなければならない。そういうような点で、各自の力と申しますか能力というものは、非常に重大な問題だと思うのです。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 1つ目のポイントは、組織よりも人を重視している点です。
 このことは、組織体系の在り方や指揮命令系統の在り方などを研究すればするほど、組織が問題の中心になってしまいます。このことの危険性は、経営学の重要な領域である経営組織論の中でも指摘されています。例えば、組織の概念の定義によっては、組織的に活動するための体系的なメカニズムが組織となり、従業員は組織に含まれなくなってしまいます。こうなると、組織に人が操られている、ということになるのです。
 けれども、経営は人を使うことであり、大規模に人を使うために組織が発展します。経営から見た場合、人を使うためのツールが組織ですから、松下幸之助氏の発言は、極めて当然のことになります。
 2つ目のポイントは、企業の成長に応じて組織と個人の関係が変化する点です。
 すなわち、組織が大きくなり、経営が安定してくれば、組織内での個人の役割も、それぞれの部門や肩書に応じて明確になっていきます。むしろ、例えば中途採用した人の能力に合わせて組織を変化させていくことが、かえって組織や経営、業務を不安定にしかねないマイナスも危惧されます。
 だからと言って、従業員1人ひとりの適性や個性を無視した組織にする、というわけではありません。従業員の個性を生かせる制度設計が必要なのであり、従業員を機械の部品のように扱う組織になることまで、容認している趣旨とは解されないでしょう。
 3つ目のポイントは、松下幸之助氏の提唱する経営モデルとの関係です。
 すなわち、氏は、従業員の自主性を重視し、どんどん権限移譲していく経営モデルを、一貫して勧めています。これは、従業員には経営者の指示を忠実に達成する能力だけが求められるような経営モデルに対比すると、その特徴をよく理解できます。前者が、自主性や多様性を重視するモデル、後者が、一体性や突破力を重視するモデル、と整理できます。
 そして、組織の中での個人の役割は、後者の場合には比較的明確に定義されるでしょうが、前者の場合には、多様な従業員の特性が尊重されますので、特に組織が発展途上であれば、従業員の特性が、組織の在り方に影響を与えることになります。
 このように、従業員に合わせて組織の形が決まっていく、という組織設計の在り方は、自主性や多様性を重視する経営モデルに親和性が高いのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、投資家としては、資本と経営を託す経営者が、従業員の自主性や多様性を重視するタイプか、従業員を強くコントロールし、一体性や突破力を重視するタイプか、を見極めなければなりません。投資家、経営者、それぞれが判断すべき点です。
 そのうえで、従業員の自主性や多様性を重視するタイプであれば、会社組織の設計や運用についても、そのタイプにあったものかどうかを見極める必要があります。
 すなわち、特に会社が成長している過程であれば、組織上の位置付けや肩書に従業員を無理やりに合わせるのではなく、従業員の個性や特性に応じた役割りを見極め、それを受け止め、活用できるような組織作りができるような、組織運営の柔軟性が必要となります。
 このように、経営者に求める資質を考える場合、松下幸之助氏が唯一無二の経営者像ではありませんが、自分自身の個性や適性、それにあった経営モデル、それにあった組織論、が一貫していて、実績も伴っている経営者をイメージすることは、経営者の適性を見極めるうえで、非常に有意義です。仮に、松下幸之助氏と異なるタイプの経営者に経営を託す場合であっても、松下幸之助氏が、この場面でこのように判断したのだから、違うタイプの場合にはこうなるのではないか、という対立軸を描けるようになるからです。

3.おわりに
 ここで検討した経営組織の在り方も、経営のツールの一つである、と位置付けて客観的に見てみましょう。「正しい経営組織」「一番強い経営組織」という発想で、理想を求めてもダメなことが理解できます。経営者の個性や適性、それにあった経営モデル、会社の業務内容や強み、などと関連付けて、従業員の力を十分発揮させるためには、どのような組織が好ましいのか、という逆算の発想で、経営組織の在り方を考えるべき(特に、経営組織を形作っている時期)だからです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。





この記事が参加している募集

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?