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松下幸之助と『経営の技法』#88

5/13の金言
 先輩の言動は、いわば生きた教科書。どう活用するかは各人の心がけで決まる。

5/13の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。
 学校では、その人の天性に適したように教え導かれていたが、実社会の職場では、いちいち学校のように手を取っては教えない。教え方は違うが、同じことをやっている。というのは、会社では、先輩社員の仕事に従って仕事をすればいい。先輩の言動が生きた教科書となる。その教科書をいかに読み、いかに活用するかは、それぞれの人のこころがけで決まる。
 私が独立して商売を始めた当時は、従業員も非常に少なかった。小さな工場だから私が電話をかけると、店員はそばで聞いている。若い店員が自分で電話をする時には、同じようなかけ方をする。しだいに店員の電話のかけ方が統一され、一つの型が生まれてくる。あの店の電話のかけ方はうまいとか、行き届いているとか評価してくれる。それは私が教えたわけではない。教えずしても習ったわけである。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 どの業界、どの組織にも、OJT(実際の仕事での訓練)で十分であり、あらたまっての社員教育などは不要、と考える人が少なからずいます。松下幸之助氏の言葉は、このような社員教育不要論者を勢いづかせるものです。
 私は、規模や専門性などに応じて個別に判断すべきことで、一概には決まらない(場合によってはなくてもいい)と思っていますが、ここでは、OJTの話に絞って検討しましょう。
 OJTは、まず内部統制そのものです。何のことかと言うと、例えば社長の人柄の良さで人気のラーメン屋が従業員を雇った場合、従業員にも同じ人柄の良さが求められます。社長がいない時のこの店は話にならない、ということになれば、人を雇っても雇った意味がありません。結局自分がやらなければならないからです。
 経営は、人を使うことである、と経営学でも言われるところですが、従業員に求められるのは、単に言われた作業を事務的にこなすのではなく、ラーメン屋の社長と同じ味や同じサービスを提供しなければなりません。逆に言うと、従業員に社長と同じ味や同じサービスを提供させるために統制することが、内部統制です。
 そうしてみると、ここでは電話の応対について、松下幸之助氏と同じ応対が組織的にできることをOJTの効果として強調していますから、これは内部統制そのものの問題なのです。
 次に、OJTが機能すべき環境です。
 松下幸之助氏は、聞き手の側の問題を強調しています。聞き手に、主体的に学び取ることを求めているのです。自ら学ぶ意思がなければ、教育しても身に付きませんから、OJTの場合にはなおさらです。
 さらにこれは、OJTの場面以外でも重要なことです。なぜなら、会社を人体に例えた場合、体中に張り巡らされた神経が痛みや熱さを感じて脳に伝達するからこそ、人間は人体に迫るリスクを感じることができますので、同じように、会社でも、現場の各従業員が主体的にリスクを感じてもらう必要があります(リスクセンサー機能)。また、ビジネスに関する有益な情報やアイディアも、現場から上がってくるものが不可欠です。このようなボトムアップの要素が会社経営には不可欠ですが、これが機能するためには、全従業員が主体的に会社経営に関わっていることが必要です。お客様意識しかない従業員は、何も感じようとせず、何も報告しようとしないからです。
 このように、OJTの場面とはいえ、従業員に主体的に会社経営に関わらせることに、大きな意味があるのです。
 さらに、ここでは触れられていませんが、従業員がOJTで学ぼう、主体的に学ぼう、と思うような動機づけや環境づくりも必要です。これは、昨日(5月12日#87)でも指摘しましたが、OJTを義務付けるような「鞭」だけでなく、仕事ができるようになりたい、と皆が思うような「飴」や、そのような環境づくりが重要です。そのためには、先輩や上司が憧れの対象になる必要があり、先輩や上司の人材としての層の厚みこそが重要となります。人材こそ会社の財産、と言われることがあるのは、いい人材がさらに良い人材を育て、自己増殖する点にも、その理由があるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、どのような経営者に投資したいか、という問題であり、投資家に求められる素養は何か、という問題です。
 OJT、という観点から見た場合、上記のように人材の自己増殖にまで連鎖していく、とても重要な問題が、経営者の能力や人柄です。つまり、単に模範を示す、と言うだけにとどまらず、自分もあの人のようになりたい、という「憧れの対象」になるような経営者であることが、一つのポイントになるのです。あの人のようになりたい、という気持ちは、あの人についていきたい、あの人のためなら頑張れる、という気持ちにつながるからです。
 もちろん、甘いだけでも駄目ですが、厳しいだけでも駄目です。あの人のようになりたい、と思わせる人間としての魅力が、大事なのです。

3.おわりに
 松下幸之助氏は、自分自身の魅力について語っていませんが、氏の店の従業員が皆、氏と同じような電話応対をし、それが「型」にまでなったというのですから、従業員はよほど氏の仕事の方法や人間性に魅力を感じていたはずです。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。



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