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松下幸之助と『経営の技法』#91

5/16の金言
 仕事は念入りに、しかも早くというのが、真のサービスになるのではないか。

5/16の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。
 理髪店の店員が、商売はサービスが大事だから念入りにやると言って、いつも1時間のところを1時間10分かかったとき、余計に時間がかかるのは本当のサービスではない、念入りに、しかも50分でやれば、立派なサービスだ、と話した。スピードが尊ばれる時代こそ、念入りに、しかも早く、ということが真のサービスである。
 しばらくして、再びその店員にお世話になった時には、ハサミさばきも鮮やかに、50分で立派に仕上げてくれた。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 スピードが重要なことは、特に説明するまでもありません。
 ここでは、理髪店が、客(松下幸之助氏)の意見を踏まえてサービスの在り方を見直した点に注目しましょう。
 すなわち、特に技術系の事業に多く見られる傾向ですが、製品やサービスを提供する側の思い入れが強い場合、これで客が喜ぶはずだ、という意識が強くなり、本当に客が求める製品やサービスに修正できないことがあります。製品やサービス開発の前提は、絶対のものではなく、いくつかの「仮説」にすぎないはずなのに、その「仮説」が、いつのまにか絶対的なものに昇華してしまい、これこそ客が欲していたものに間違いない、この良さがわからないなら、わからない客の方が悪い、という信念になっていくのです。
 もちろん、これで本当に大丈夫だろうか、という不安を克服するためには、この方針に間違いない、という確信が必要なので、確信を抱くこと自体が悪いわけではありません。問題は、開発過程のこの確信を、その後の客の反応によって修正できるかどうかにあります。
 これを、分けて考えましょう。
 1つ目は、もちろん個人の柔軟性です。
開発に至った、ということは、信念を貫いた、ということであり、それが頑なになる原因でもあります。けれども、開発が目標なのではなく、客に喜ばれることが目標であれば、開発完了は、その途中の通過点でしかないはずです。客の否定的な反応は、本当の目標をより具体的にしてくれる、非常にありがたい情報になるのです。
 2つ目は、組織の柔軟性です。
 もちろん、PDCAを回し、製品やサービスを改善するために、原因分析をしなければならず、その過程で自ずと責任者が浮かび上がってきます。さらに、そのミスに責任があれば、相応の責任を負うことにもなります。
 けれども、これがいきすぎると、誰がこの開発失敗の責任を持つのだ、という責任論と犯人探しばかり行われます。そのような状況では、委縮して開発ができなくなったり、自分は間違えていなかったという言い訳ばかりで、肝心の修正や事業見直しが進まなかったりします。一度会社で決定したことを修正するということは、その誤りを認めることであり、最初の開発に関わった誰かが傷つく、ということになるのです。
 逆に言うと、このような個人の柔軟性と組織の柔軟性を確保することが、会社経営のポイントの一つとなるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者に求められる資質としては、客のためにサービスの品質を高めようとする意欲と、そのためには信念を曲げてでも柔軟に対応できる柔軟さが必要です。しかも、これを上記のとおり、組織的に実行できなければなりません。特に難しいのが、信念と柔軟性の両立です。両方が中途半端になってしまうのではなく、組織としてこの両方を追及することが重要です。
 経営学の1つの研究分野として、「老舗学」があり、そこでは100年以上続く企業の経営の秘訣が研究されています。そこでは、老舗に共通する要素が分析されていますが、概ね共通して指摘されるのが、伝統へのこだわりと、時代の変化に対応するこだわりです。
 個人としてではなく、組織としてこれを両立させる能力が、経営者に求められるのです。

3.おわりに
 もちろん、品質とスピードという、2つの要素の両立も重要ですが、ここでは、信念と柔軟性という、2つの要素の両立について検討しました。
 理髪店の店員が、まずはサービスの品質へのこだわりを見せ、次に客の要望を受けてそれを修正したことが、松下幸之助氏の印象に残ったはずです。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。


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