見出し画像

松下幸之助と『経営の技法』#117

6/11 ダム経営

~経営全般にダムをもとう。資金に、設備に、在庫に、余裕をもとう。~

 私は以前から”ダム経営”ということを提唱し、自分でも心がけるとともに、また人にも勧めてきた。ダム経営とは、ひと言でいえば、経営の中にダムをもとうということである。河川にダムをつくって、そこに水をたくわえ、それによって水の流れを調節し、ムダなく活用する、それと同じように、資金の面、設備の面、在庫の面、その他経営全般にわたって、ダムをつくり、余裕をもって経営を進めていこうというものである。
 新しい仕事をするのに、1億円の資金が要るとしたら、1億2000万円の資金を用意し、もし1億円しか手当てできないとすれば、仕事の方を8000万円に縮小する。そのようにして2000万円の余裕をもって、不時の出来事に備える。そういったものが資金のダムである。一つの設備をする場合、90%の稼働率で採算が取れるようにしておく。普段は90%だけ働かせる。そして、例えば石油危機の折のように、何かのことで需要が急に増えたような時に、初めて100%働かせて、供給に不足ないようにする。それが設備のダムである。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 競争が厳しい現在、特にメーカーは無駄の削減に必死に取り組んでいます。松下幸之助氏自身、この連載の#114(6/8の金言)では、伝票1枚まで無駄にしないことの重要性を強調しています。
 けれども、同じ松下幸之助氏自身が、ここでは逆に、余裕を持つことの重要性を強調しています。
 これを、松下幸之助氏自身も矛盾した発言をすることがある、という見方で整理するべきではなく、統一的に把握しましょう。
 すなわち、無駄は駄目だが、余裕も必要、という整理です。
 まず、実例からです。
 ここでは、「経営の技法」で取り上げただけでなく、最近の日経ビジネスなどでも取材されている「エーワン精密」という部品メーカーを簡単に紹介しましょう。この会社は、例えば最先端の製造機械を数多く設置しているものの、その稼働率は極めて低く、言わば、製造機械が「遊んでいる」状態です。さらに、最先端の製品の在庫もかなり多く、従業員も比較的余裕をもって働いているようです。財務の観点から見れば、製造機械の稼働率が低く、在庫も多すぎ、人件費も高すぎる、言わば「ぜい肉だらけ」の会社に見える会社です。このような「ぜい肉だらけ」で無駄の多い会社は、常識的に儲かるはずはなく、競争によって淘汰されるはずですが、実態は極めて高い利益率を誇っています。
 これは、エーワン精密のビジネスモデルに原因があります。
 すなわち、他の会社と「コスト」で勝負しようとすれば、製造機械の稼働率、人件費、在庫、いずれも「ぜい肉」であり、無駄です。
 けれども、「高品質」「スピード」で勝負しようとすれば、(もちろん、やりようによりますが)製造機械の稼働率、人件費、在庫のいずれもが、急な仕事に素早く対応できる対応力の源泉となります。まずは手元にある在庫をすぐに供給し、足りない部分や特殊な部分は、遊んでいる機械と人員によって迅速に対応する、そのことによって、「高品質」「スピード」の競争に勝てるのです。
 このことは、組織を人体に例えるとよく理解できます。
 すなわち、「ぜい肉だらけ」で美しくないと反省し、ダイエットに励むのは良いのですが、過剰なダイエットをしてしまい、必要な筋肉まで落とし、かえって運動能力が落ちるようなダイエットがあります。
 けれども、本当は、「ぜい肉だらけ」は競争力が落ちていて良くないのであって、「ぜい肉」を落とすためにダイエットをする一方、競争力を高めるために必要な筋肉を付けることも行わなければ、競争力が高まりません。「美しく」なるためにダイエットをするのではなく、「競争力を付ける」ための作業の1つがダイエットであるにすぎないのです。
 そうすると、「余裕」についてもう一度考え直しましょう。
 これは、言うなれば競争力の源泉です。競合他社との競争で、自社の強みはどこに求めるのでしょうか。「エーワン精密」は、これを「価格」ではなく、「品質」「スピード」に求めました。そして、「品質」「スピード」のためにこそ、「余裕」が力を発揮しています。
 このように、ただ松下幸之助氏が「余裕」が大事と言ったからといって、それが自社の経営にどのように貢献するべきなのかを考えもせず、「余裕」をため込んでしまうと、それこそ「ぜい肉」を作ることになりかねません。会社のビジネスを見極めて、会社とビジネスにあった「余裕」を考えなければならないのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、度々指摘していますが、経営者の資質の中は、矛盾する要請の両方を目指し、獲得できる能力が含まれます。
 もちろん、常に二兎を追うのではなく、一羽ずつ捕まえていく方法もありますが、少なくとも、両立が難しそうな複数の要請のバランスを取ることが必要です。例えば、従業員の管理方法について、一方で規律が必要ですが、他方で自主性を育てるための自由も必要です。
 ここでは、業務の無駄を省かなければならない一方で、余裕がなければならないのです。

3.おわりに
 余裕のなさは、組織だけでなく、個人にも悪影響を与えます。
 余裕がない切羽詰まったときは、作業にミスが生じやすいだけでなく、判断に余裕がないため、偏った判断をしがちです。大局的な視点に立った判断は、余裕がなければできないものです。
 自動車も、例えば300キロで走る能力があるからと言って本当に300キロで走るのではない、エンジンや足回りの性能に余裕があるからこそ、安定した走行が可能であり、安全で疲れない、快適な運転のためにこそ、その性能が活用される、ということと似ているようです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


この記事が参加している募集

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?