【時事】 イスラーム② 〈食の戒律「ハラール」〉
こんにちは。
前回の記事はこちらからお願いいたします。
今回は、イスラームにおいてとりわけ有名な食の戒律「ハラール」についてまとめていきます。
ご存じの方も多いと思われますが、イスラームには厳格な食物規定が存在します。有名なものでいえば豚肉、アルコール飲料といったところでしょうか。
神によって食べることを許されているものを「ハラール(Halal)」といい、ハラールとは「許された」を意味する語です。反対に禁じられているものは「ハラーム(Haram)」といいます。
前回の記事では、戒律の厳格度には地域差や個人差が生じている旨を述べました。ヨルダン人や、他のアラブ諸国に住む友人から話を聞いていくと、「食」の面でも基準や認識における違いがあることがわかりました。
(ヨルダンでは、首都や国内の主要観光地であれば、酒屋を見つけることはそう難しくない)
【食生活のガイドラインでもあるコーラン】
前回の復習になるが、コーランとは、アッラー(神)の言葉をまとめたイスラームの聖典である。ムスリムはコーランの教えに立脚した生活を送っており、これが普遍真理であると彼らは信じている。
そのコーランは、ムスリムが健全な生活を送るためとして食べてもよいものと悪いものを厳格に定めている。
以下、食物規定について記されている一部を抜粋した。
死肉、血、豚肉、アッラー以外に捧げられたもの、絞め殺されたもの、撲殺されたもの、墜落死したもの、角で突き殺されたもの、猛獣が食べたものは汝らに禁じられている。ただし、汝らが屠殺(とさつ)したものは別である。(コーラン5章3節)
信仰する者よ。ぶどう酒、賭け事、偶像、賭け矢は悪魔の業の不浄に他ならない。それゆえそれを避けよ。おそらく汝らは成功するだろう。(コーラン5章90節)
コーランによると、ただ豚肉を避ければいいという話ではなく、正規の屠殺手続きを経て処理された肉しか許されておらず、血や死肉を口にすることも許されないという。
以下、肉とアルコール飲料に焦点を当てて掘り下げていく。
(酒屋と、豚肉及び加工肉を取り扱う店が隣り合っている)
【食物規定(食肉編)】
まず、豚肉が禁止されていることは有名な話だろう。しかし、これは単に豚肉料理を禁じているだけではない。生活に使用するすべてから豚に由来するものを排除しなければならない。
例を挙げると、豚の脂肪由来の食品、添加物、合成のコラーゲンを使用した化粧品や医薬品なども禁じられている。
そして、それら製品の製造過程でも、完全に豚と隔離することを要求される。要するに、同じ道具・場所で調理・製造することも、輸送の過程で豚関連製品と混載することも許されない。
更には、たとえ許されている羊肉や牛肉、鶏肉などでもイスラーム法の規定に基づいて屠殺したものしか食べてはいけないとされている。ムスリムが聖地メッカの方向を向きながら「神の御命によって、神は偉大なり」と唱えながら、頸動脈を切って適切に処理したもの、すなわち「ハラール」認定を受けた食肉しか認められていない。
ここからは、ヨルダンとエジプトの豚肉事情を例に挙げる。
それでは、コーランによってこれだけ厳格に規定されているのなら、アラブ圏では豚肉を一切食べられないのかと問われると、必ずしもそうではない。
例えば、私が現在住んでいるヨルダンでは、私の知っている限りで豚肉やその加工肉を扱っている店が一軒ある。この店が位置するのは、比較的外国人居住者が多い地域だ。
豚バラのブロック1㎏で8ヨルダンディナール(約1,200円)と極端に高いものではない。もちろん、それらを製造・販売しているのはムスリムではなく、他教徒の人である。
一方、エジプトでは首都だけではなく、観光地の一つとして知られるアレキサンドリアでも調達可能だという話を現地に住む友人から聞いた。
値段は1㎏で100エジプトポンド(約700円)と、ヨルダンはおろか日本よりも安価である。これは推測だが、エジプトで豚肉が流通している理由の一つとして、キリスト教の東方諸教会の一つであるコプト教徒が国民の10から15%を占めていることが挙げられる。
(購入した1㎏の豚バラブロック。皮付きのため、セルフで取り除かなければならない)
(店内の加工肉コーナーの一部)
【食物規定(アルコール編)】
コーランでは、アルコール飲料の摂取だけではなく、その製造や販売も禁止している。
しかし、前回の記事でも綴ったように、こうした規定の厳格さには国によって、政府によって、そして個人によって異なる。
戒律がとりわけ厳しいといわれているサウジアラビアでは、豚肉やアルコール飲料の持ち込みは厳禁な上に販売もされておらず、外国人であっても飲むことができない。
サウジアラビア以外の湾岸地域(アラブ首長国連邦やカタールなど)も比較的イスラーム色が濃く、持ち込みが禁止されている。しかし、これらの地域では国の発展のために多くの外国人を呼び込んできた経緯もあることから、ドバイやカタールの高級ホテルやレストランといったごく限られた場所では、調達できる。
このように調達するのも難しい国がある一方で、東南アジアや、政教分離を原則としているトルコなどでは、たとえイスラームが多数派であっても自由に酒を飲むことができる。ムスリム人口が世界最大のインドネシアには「ビンタンビール」という有名なビールがあることをご存知な方もいるだろう。
ヨルダンでは、アンマンや国内の主要観光地であれば、酒屋を見つけることはそう難しくない。そして、酒屋では国産のビールやワイン、アラックという蒸留酒なども見つけることができる。
余談になるが、私はヨルダンへの赴任を機に飲酒の節制をしようと心に決め、酒から距離を置くような生活を送っている。酒屋に入ったことは数えるほどしかないが、どの酒も比較的値段が高く、とりわけビールは値段もアルコール度数も高いことから、自身の節制に一役買ってくれている。
エジプトも、ヨルダンと同様に比較的簡単に手に入る。驚くべきことに酒造会社は国営で、つまり国家がビールやワインを作っているということだった。
(ヨルダン産の赤ワイン)
さて、最後の例としてスーダンを例に挙げる。スーダンはイスラームを国教としており、アフリカで三番目に国土の大きい国である。
この国はイスラーム法「シャリーア(Sharia)」が適用されているために、アルコール飲料の醸造・保持・飲酒が禁止されている。
しかし、スーダンに住んでいた友人の話によると、実態としてはナツメヤシの実を発酵させて作られた「アラギー」という酒を密造している人が国内にはおり、その購入者は必ずしもクリスチャンだけではなく、ムスリムも含まれているという。
以下の記事によると、頻繁に警察の摘発があり、醸造や保持による逮捕者も多く出ているようだ。
スーダンでは、昨年4月に起きたクーデターによって旧政権が倒された。現在は新憲法を作っている過程ということで今後の動向は不明瞭なところが多いが、このように一切のアルコールを禁じている国が世界にはある。
●スーダンで、イスラム教が禁じる酒をつくる女性たち (AFP通信)
【基準・認識の違い】
国によって基準が違うことがお分かり頂けただろうか。今度はフォーカスを絞って個人へと目を移してみる。
日本以外の国に長らく滞在していると、短期の旅行では見えない、その国の深部を知る機会に直面する。
ムスリムにも関わらず、ナイトクラブに通ってはウイスキーの注がれたグラスを傾けながら女性と踊り明かすという男性。レバノンから定期的に来る若い女性2人と酒盛りをし、果ては夜が明けるまで性行為に勤しむような老いてもなお盛んな老人。
彼らからはこれまで何度もしつこく誘われたが、頑なに断ってきた。
さて、これらは極端な例だが、こういう話もある。
先日、職場の同僚である女性が話していた。
「ぶどう酒(ワイン)はダメだけど、ウイスキーを飲んでいるムスリムの知り合いは何人かいる。私は飲まないけどね」
たしかに、コーランで禁止されているのは「ぶどう酒」であって、そこにビールやウイスキー、日本酒、焼酎といった記述はない。女性の証言は、その規定の抜け穴をついているような話である。
文献や上記のような経験・証言を通じて一つの考察が挙げられる。
それは、イスラーム研究をしている人やコーランの教えを言葉通り体現しているような敬虔なムスリムでない限り、一般のムスリムはコーランやイスラーム法の規定を完璧に熟知しているとは限らないということだ。そうしたことから認識の度合いは千差万別で、その判断も変わってくる。
同じムスリムのはずなのに、一方では酒に味をしめて常用するリベラルな者がいて、それと対極にイスラーム法を厳格に実施する原理主義者がいるのは、信仰している対象は同じでも、その敬虔さの度合いが圧倒的に異なるためだ。
その差異に目を瞑り、同じものだと決めつけたとき、他者の排斥に走る可能性をはらんでいる。
長くなってしまったので、続きは次回に引き継がせていただきます。
次回は【日本のハラール需要】をテーマに綴っていきます。
[参考文献]
イスラム世界 私市正年
イスラーム世界がよくわかる Q&A100 人々の暮らし・経済・社会 板垣雄三
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