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マリーはなぜ泣く㉒~Praise You~

 前回のあらすじ:倒れた相方の代わりに嫁を連れてきたイカれた芸人、小籠包。彼が舞台袖で足を震わせる横で、嫁はノンキに「結婚式」「新婚旅行」「私のために歌うこと」をせがむ。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe

 舞台に向って駆けていくと、照明の明るさで、一瞬目の前が真っ白になった。その後に現れた大勢の観客達が全員、魔物に見えた。頼れるのは満里ひとり。大籠包のくれた魔法でこいつら全員倒したる! 死にさらせ、死にさらせ、お前ら全員笑い死ね!

 大籠包、テレビ見れてるんやろうか? 朝子も一緒に見てくれてるかな? 興奮したら体に悪い。そんなことでいもを引く女には見えへん。一緒に見てるやろうな。ちゃんと見いよ。元はといえばお前ひとり笑わすためのネタやぞ。不器用なラブレター。書いた男は隣におる。夢がないのは俺も一緒や。どこに行ってもうたんやろうか、ロックの夢。なくしてもうた。芸人なんか成りたい思ったことない。なんかムキになって、気づけばこうなってた。それやのに今、日本一の座に手が届きそうや、それってもしかして、天才なんちゃうん俺。

 伊東さん見てるか? 隣に彼女はおるか? 婚約ってなんや、まどろっこしい。はよ結婚せい。あんたと出会わんかったら、俺の人生どうなってたんやろうな。俺と出会わんかったら、あんたの人生どうなってたんやろうな。

 あの頃の少年、俺は今でも格好いいか? この状況ってもしかしてロックなんか? よう分からへんけど、どうでもいいわ。頑張れよ。俺の分まで音楽やれよ。

 小籠包、泥沼や。自分だけ逃げて。二代目も相方も泥まみれやぞ。でも泥にまみれてなにが悪いねん。別にいいやろ汚れてても。

 なにが審査員や、知らんわ。評論なんかいらん。おもろいもん見せてやってんねんから純粋に笑え。中籠包どこや、出てこい。十年、小籠包やってるけど、まだ一回も会ったことないな。上手いこと芸能界で生き延びやがって。のんきにファミリー向けの保険のCM出やがって。ムカつくんや、売れてるから。

 売れたら親孝行、売れなんだら親不孝。親父、お袋。これ獲ったら俺のこと自慢出来るか?

 鬱屈した気持ちをマイクロフォンにぶつけ、パンクロックとして昇華させる。ステージに上がると、ファンは代弁者である俺に歓喜の声を送る。ステージの外では美女と戯れる。本当はそうなるはずだった。――そうなるはずだったのに、俺は今、自分より四十キロも重い女房に体当たりされ、ステージの上で吹っ飛ばされている。

「風が吹いても倒れるような体してるクセに、偉そうなこと言ってるんじゃないわよ!」

 他の芸人目当てでやって来た観客がその姿を笑う。

「もっと笑え。もっと笑え」と思う。「笑われるんじゃなく、笑わせるんだ」そんな崇高な芸人哲学なんかはクソ食らえ。俺は道に迷ったパンクロッカー。芸の無い芸人。せめて笑い者にでもしてもらえなければ報われない。



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