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マリーはなぜ泣く㉑~ I Shall Be Released~

前回のあらすじ:相方が倒れたことを隠したままスタジオ入りした哲平。嫁を代役として連れてきたことを知ったプロデューサーに激怒されるが、「せめてリハーサルだけでも見てくれ」と粘る。嫁の満里は見事にリハーサルをやりきり大任を果たした。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe


 本番前に大籠包から電話が掛かって来た。彼女の朝子から容態を聞くことはあったが、本人と話しをするのは倒れて以来はじめてだった。

「哲ちゃん、どういうことや!? テレビ欄に大小籠包の名前があるし、いろんな人から、『決勝戦がんばれー』いうてメッセージが来んねんけど!」

 俺はここまでのいきさつをかいつまんで大籠包に説明した。

「そんなアホみたいな話あるか!? イカれてるわ!!」
「最高の褒め言葉やと思っとく。ところでテレビは見れるんか?」
「まだ、禁止されてるわ。ハラハラドキドキしたら心臓に悪いからな」
「そうか、それじゃあお前のネタの晴れ舞台、見られへんな」
「いや、なんとしてでも見る。隠れてでも見るわ」
「そんなことして、また発作起こしたらどうするんや」
「大丈夫や! ここは病院やから、発作起こしても安心や」そういうと大籠包は受話器越しの音が割れる豪快な笑い声を上げた。

「朝子が、朝子が来るんや。このあと。もしかしたら彼女が、俺のネタで笑うとこ、真横で見れるかもしれんな」大籠包の言葉に、俺はその光景を想像した。かなりリアルにその様子が見えた。それは現実になるように思えた。


 俺のことをイカれたヤツと言ったのは大籠包だけではなかった。心筋梗塞で倒れた相方の代わりに、嫁を連れてきたヤバいヤツがいるとスタジオでは噂になっていた。漫才をやると決めたからには、満里は開き直ったのか、あっけらかんとしたものだった。この舞台の大きさも、怖さも分かっていない無邪気さを感じた。


「これが終わったら、お返しに結婚式挙げてくれる?」
「新婚旅行にも連れて行ってくれる?」
「また、私のために歌ってくれる?」

 舞台袖で、俺が足を震わせ、暑くもないのに汗を流す中、彼女は一方的にそんなことを喋った。ようやく絞り出した、

「なんぼでも歌ったるし、どこへでも連れていったる。結婚式では象に乗って入場しよう」という俺の答えに、

「象は披露宴にしよう」彼女がそう言ったところで出囃子がなった。



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